私には入学以来のTくんという級友がいた。

誕生日順に並んだ座席で隣どうしになったのが縁で仲が良くなった。

 

家も近く、通学はたいがいいっしょだったし、ピアノも同じ先生に習っていたのである。

 

このピアノの先生は高校の音楽の先生で、すこぶる怖い人だった。

 

バイエルを一曲仕上げるにしても、まちがった鍵盤を叩くのはもちろんのこと、

指遣い一つ間違えただけで、脇からいきなり鍵盤のふたをバーンむかっとしめられる。

 

そして「やめっちまえーっ!」と怒鳴られるのである。

もちろん生徒の手は腫れ上がるのだが、

「叱っていただいてありがとうございます」と親は礼を言う。

そんな時代であった。

 

バイエルを一冊仕上げると試験がある。

「何番をひきなさい」と言われるが、その瞬間まで番号は知らされない。

そして、またちょっとでも間違えると不合格。

また1番からやり直しである。

 

たとえ合格しても、つぎは1番から様々な調でやり直す。

ニ長調にしたり、変ロ長調にしたり、そしてまたふたがバーンむかっとしめられるのである。

 

Tくんはいつもふたをしめられる役で、

私は彼のレッスンが終わるのを待っている間、

しめられる衝撃音や、Tくんの痛みを堪える顔に怯えていたのであった。

 

怖い先生ではあったが、実績はたいへんなもので、3人の息子さんは全員東京芸術大学に進み、

高校の合唱部は全国大会の常連であった。

 

私はやがてその高校に進むのだが、先生は私が小6になる頃、お亡くなりなった。

怒りすぎがよくなかったのだろうか…。

 

さて、次はそんなTくんの話である。