その後病院で検査を受けたが、目立った外傷はなく、左腕の打撲で済んだのは奇跡であった。


まだ真新しいランドセルは、傷だらけになってしまったが、命よりは安いものである。


包帯を巻かれて帰ってくると、すぐに私をはねた車の運転手がお見舞いに来てくれた。


その人のお勤め先は、子どもなら誰でも大好きな

F家だったのだ!

テーブルの上に、うず高く山と積まれたぺ◯ちゃん、ぽ◯ちゃんのお菓子!


F家は、父方のおじとおばの勤め先でもあり、

何かしらの縁を感じながらお菓子をほおばる。

「こんなことならまたはねられよう(^-^)!」

と軽口をたたく私の後頭部を、

母の平手が、かなり強めに打ってきた。


翌日、再び全校集会が開かれ、

「バスを追い抜く車に気をつけるあまり、反対からきたよく見える車にはねられた人がいます!」

と注意喚起するも、集まった児童からは笑い声が起きる。


私は「どこのバカだ?」とキョロキョロしてみせたのだが、

左腕の包帯が「それは私です」と声高に代弁していた。


私の事故は、笑い話で済んだのだが、「初めての」というからには、二度目が起きるのである。

こちらは笑えない話なのだが、13年も先の話になるので、いつか書くことになろう。


私の友人が笑えない事故に会うのはこれから2ヶ月後のこと。

その日はなんの足音も立てず、ひそかに近づいてきたのである。