次のバス停に着いた私は再び立ち尽くす。
こない…こない…。
どうして今日はこんなにバスがこないんだろう?
でも、また追い抜かれるのはいやだ!
待つぞ、待つぞ…。
でも、こない…こないよお。
見ると、遠くにまた次のバス停が…。
歩くか…いや、また抜かれるかも…でも…歩こう。
つぎのバス停に向かって再び歩き始める。
そうである。またしても、道半ばでバスに追い越されたのである。
もちろん、次のバス停までダッシュするも間に合わず。
こうなると6歳の脳は、もうパニックである。
自分は二度とバスに乗れないのではないか?
と思い始めるのである。
こうして私はとうとう家まで泣きながら歩くことになった。
途中で何回バスに追い抜かれたか、もはやわからない。
長い長い道のりを涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、とうとう家に着いたときには、
もう夕飯どきであっただろうか。
出迎えた母に抱きつき、泣きじゃくりながら、私はこう言ったそうである。
「マルコはね…マルコはね…お母さんを探しに三千里もね…」
当時「母を訪ねて三千里」を読んでいたのだろう。
主人公に自分の姿を写しながら、必死に家に帰ったのであった。
母は私を「虐待」したのだろうか?
むろん、私は虐待を受けた覚えはありません。
この程度の冒険は、むしろ子どもの成長に欠かせない栄養ですよ。