最近、大手芸能事務所の重要ポストにいた個人の生前の犯罪行為についてようやく地上波でも取り上げられるようになった。
しかし、数ある意見の中から「死ぬまで表にならず逃げ切った」というものがあった。
この故人本人は亡くなっても逃げ切ってはいない。
それが肉体を還したという道理上、問題から逃げること、眼を閉じて背けることが出来なくなるから。
いまは、自分が生前行った行為を相手そのものに成り変わり、その時の感情や肉体の苦しみをそっくりそのまま受けている最中。
初めてそこで犯した罪を正視し、その罪の深さを知るのです。
そして、目の前で犯罪行為をしている自分の姿に許せなくなるのです。
そうなると、犯罪行為をうけているのも自分自身なのですから、許せないあの時の自分自身にもなりかわり、二者同時視点で罰する側、罰される側となってしまうのです。
これが、『地獄の鬼』と『地獄の責苦を受ける亡者』の真相であると私は観ています。
こうなると許せないとい感情が原動力となって無限ループにおちいりやすいのだと思います。地獄ではこの世換算でも何百年も罰せられると言われるのも無理はないと思います。
鬼も自分、亡者も自分、それを傍観する自分…罪が大きいほど、視点の数が増えていきます。
まだ、社会的立場すら確立しておらず、親の庇護を受ける立場にある大事な子供のことです。
子供たちのご先祖さまたちが、その犯罪行為をしっかりと観ているのですから、それに関する悪行については故人の生前の善行との相殺はできません。
もとより、故人自身も自身がそうすることを許せないでしょう。それだけの愚かな行為だったのです。
また、今、この世において、故人の犯罪行為を清算をしようとしている親族でもある代表の女性も、よくよく注意して行動したほうが良いように思います。
もし、親族という立場であること(同じ苗字を名乗っていない場合はまた配分が変わるかも)、今までの経営で得られた金品を受け取っており、それを自身のため(家族との生活も含む)に使っていたなら、少なくともその罪の一端を喰べたと、見えない世界では捉えることができます。もし、犯罪行為を知っていながらであれば、一端どころではないかもしれませんが。
また、彼女の行動が傷ついた被害者たちにすこしでも救いを与えるものであれば良いなと感じます。
