【タイトル:あなたはヘルミアでいいよ(1)】


 婚儀の儀式が無事終わり、姉は正式に国王妃となった。
 火星との国交がさかんにおこなわれ、クラスにも火星からの転校生も何人かやってきた。
 姉が嫁いだことでこんなにも世の中の雰囲気が変わることに驚いている。
 ありがたいことに、祭主教育はまだ先の話になったらしい。
 だから、今も身分を隠して普通の学校の通えているわけなんだ。
 


「ここ?」
 普通の雑居ビル。
 どうやら姉はここの一室にオモチャロボットを保管しているらしい。
 あの姉のことだから、メルヘンなロボットに違いない。
 きっと、人語を離すウサギちゃんとか…そんなあたりだろ。
「えと507…」
 エレベーターに乗り込んで5のボタンを押す。
 上がる途中エレベーターが止まる。
「え…なに…止まった?」
 しかし、すぐに動き出したエレベーターは無事に五階フロアへ。
 エレベーターもボロみたいだし、姉はこんな貧乏臭いところに来るなんて不思議だった。
 その部屋は一番突き当たりの部屋。 
 わたしは呼び鈴も兼ねた指紋照合ボタンに触れる。
 ドアの鍵がガチャと音を立てる。
 そうだ。ペットだったら開けると外に逃げ出しちゃうかも。
 わたしはドアを体が通る最小限の間隔でサッと開けると、体を滑り込ませてドアを後ろ手でしめる。
 照明がついていて明るい。
「……?!!!」
 明るさにホッとして、顔を上げると見知らぬ青年が目の前に立ってこちらを見つめている。
「あ! わっ!」
 間違えた。
 入る部屋を間違えたんだ。
 飛び跳ねるように玄関を飛び出して、そのドアを閉めた。
 なになに、なんなんだ。
 部屋間違えたにせよ、真っ裸で家の中にいるなんて。最近の若者はやけに解放的すぎるじゃないか。
 私は混乱しながら、507の印字のあるドアを探そうと見回した。
 もしかして1と7を見間違えたのかもしれない。
 そうだよ。きっとあっちのほうが507なんだ。
 しかし、507だろう部屋を目指して行った。が、明らかに503・502のとなりにあって、しかも突き当たりにあるのが507なハズもなく。
 しっかりと501の印字を確認した。
 わたしは入る部屋を間違えてなかった。
 でも、それで頭がよけいに混乱する。
 姉とあのマッパの青年との接点なんてあるはずもなく、わたしはある結論に至った。
 わたしは来たところを戻ると、ドアノブに手をかけて勢いよく開け放った。
 すぐに銃を目の前に構える。
「危ないですね。それ」
 耳元近くで声がする。
「ぎゃっぅ!!」
 ビクッとしたと同時に引き金を思い切り握りしまう。
 衝撃で後ろにいるその青年にぶつかる。
「大丈夫ですか?」
 ソイツが二の腕のあたりを掴んだ。
 それに危険を感じると、その手からすり抜けるように腰をサッと落として、振り返り銃口を標的に向ける。
「動くな……これ以上、動くと撃つぞ」
「……はい」
 さあ、これからどうしようか。
「ここにはいつからいるんだ?」
「最初からです」
「はぁ? 最初からって、なに?」
「ここで生まれたんです。わたし」
 生まれた?
 どういうこと?
「ま…まさか…アンタ……姉さんの…その…」
「その?」
「彼氏なの?」
 わたしは銃口を下げる。
 意外だけど、彼は姉と関係ある人なのかもしれないし。
「そうだったら、どうします?」
「……そ…そんなの、あやまるしかないでしょ? アンタの家で銃ぶっぱなしたんだから」
 それを聞いて彼はクスッという声を上げる。
「詳しいこと姉さんから聞くの忘れたからよく分かんないの。アンタの家にわたしの姉さんがメルヘンなペットロボットを置いていった…違う?」
「……メルヘンかどうか分からないんですが……まあ、だいだい合っています。あなたのことはお姉さんからよくきいています」
「やっぱり……っていうか、どうして姉さんがアンタみたいな人に……ってかさ…仮にもわたし女なんだから…それ…」
 わたしは下半身へ指差す。
「それ?」
「恥ずかしいからっ…そソレ…隠しなさいよ」
「分かりました」
 そう言った瞬間、そのソレの部分が消えた。
 目が点になる。
「あ……へ?」
 わたしの見間違いか?
 もう一度、瞬きして見る。
「な無い…!?」
「これでよろしいかったでしょうか?」
「え…あ……どこ行ったの…アレ」
「それは体の構成を変えたんです」
「構成…って…あなたもしかして火星出身者?」
「いえ…ちがいますよ。ここで生まれたってお話したでしょう?」
 なにか分けの分からない人を姉は…。
 結構意外なことをするものだ、姉も。
「ま…さっきからワケわかんないけど…いいや…。わたし姉さんのペットロボット引取りに来ただけだし。アンタも姉さんから聞いているでしょう」
「はい。ずっとあなたが来るの待っていましたよ」
「ごめんね…姉が迷惑かけて…ちょっと、お邪魔するね、すぐ引き取って帰るから」
 わたしは靴を脱ぐと目の前の居間らしき家具が置いてあるメインルームへ向かった。
「で…どこにいるの? メルヘンな姉のペットだから、きっとお世話するの大変だったでしょ?」
「え? お世話…ですか?」
「そう…きっと動物型のロボットペットでしょ? よく家でも飼ってたもん、姉さん」
「動物型のペットですか?」
「え? 違うの?」
「まあ…動物といえば…動物なのだろうと…」
「え、なにその得体のしれないみたいに言って…わたし、連れて帰れるかな…なんか心配になってきた」
 そうか、人の家に預けるくらいなんだから、自宅には飼えないヘンなロボットなんだ。きっと。
「鎖かオリでも持ってくれば良かったな」
「あ、それは必要ないです。暴れたりしませんから」
「ほんとぉ? 良かった~。じゃあ、姉さんが飼ってたの持ってきてくれるかな」
「はい」
 青年は返事をすると、ずっと立っている。
「あの…ソコ立ってないで、持ってきてくれるかな? わたしどんなものか分からないから、探せないの」
「ここにいますよ」
「え? ここ?」
 あたりをキョロキョロ見回す間も、彼はわたしをじっと見つめている。
「もしかして、小さいものとか?」
 わたしは親指と人差し指で長さを測るようなポーズをした。
「いえ、そんな小さくはありません」
「じゃあ、透明になれるとか」
「そうですね。たまになりますよ」
「ウソっ、それじゃアンタにも探せないじゃない。どうしよ~」
「大丈夫です。今は透明にはなってませんよ」
「はあ?! どういうことよ、それ。この部屋にいて、小さくもなくて、透明じゃないってことは……ちょ、わたしのことおちょくってんの、アンタ!」
「いいえ、それはないです。しかし、先程からおちょくられているのはワタシのほうです」
 青年が苦笑いする。
「え、わたしがアンタをおちょくってるって…なにそれ、どういうことよ!」
「ここにいると言ったのに、さっきから何をみているんですか? わたしはそんなにヘンなロボットですか? それは…たまには動物にも透明にも体を変化させますが、鎖やオリがわたしに必要なほど凶暴にはプログラムされてませんよ」
「……へ?」
「ここはそもそも507の部屋ではありません。皇立研究所の一室です」
「え…でもわたし雑居ビルに…」
「入口はそこです。間違ってはいません。ただ、研究員をエレベーターで感知すると地下の研究所にエレベーターを下ろします。あなたが乗ったエレベーターは一度止まったはずですよ」
「……ホントだ……たしかに、止まってた。でも皇立研究所って…なんなのソレ…」
「わたしを造り出し、管理・監視するための機関です」
「アンタを…? 一体アンタって…」
「ここではわたしはターヘルアナトミアと呼ばれています」
「ターヘル…ター…あれなんだっけ…」
「ターヘルアナトミアです」
「長いし、難しい…口噛みそう…」
「そう思うのはここではあなただけかもしれません」
「うっさいわねっ……あっそうだっ…アンタのこと、ヘルミアって呼ぶから」
「ヘルミア…ですか」
「そう…ヘルミア…」
 ヘルミアと呼ばれた青年は目を丸くさせる。
「ヘルミアと姉さんの関係って彼氏彼女じゃないってこと?」
「あの方はわたしの情緒を一から育てた方です。あなたにとっての両親がわたしにとってみればアカツキなのですよ」
「う~ん…ようは姉さんはヘルミアのお母さんだったってこと…だよね?」
「そうです」
「そういえば、わたしがここに来るって、知ってたの? 姉さんから聞いてたの?」
「はい、それはもちろん」
『クレスティア』
 わたしは名を呼ばれて振り返る。
「姉さん?」
 それは姉が記録していたホログラムだった。
『驚いたでしょう、クレスティア。 彼はターヘルアナトミア。この国家の防衛に為に造られた、プログラム体です。彼はあなたが思うような人造人間やロボット、そのどれにも当てはまりません。この地球世界の全ての知識や情報をプログラムされたのが彼なのです。今の時点で国家もしらない、わたしたち皇族やこの機関だけが知る極秘の存在です』
 姉のこんな真剣な顔を見るのは初めてだ。
『クレスティア…あなたにお願いがあります。彼を外の世界に連れ出して欲しいのです。私には行動の制限があり、それができませんでした。あなたなら、それが出来るハズです。突然にあなたに重い荷を背負わすことをしてしまい、ごめんなさい。わたしの自由をあなたにあげるから、どうかお願いします』
 姉はわたしに頭を深くさげて消えていった。
「突然…だよ……そんな大きすぎることなんて…知らなかったし」
 最後の言葉がわたしのこころに突き刺さる。
 まったく、その通りだったから。
 わたしは姉とは正反対の生活を送っているから、その言葉が痛かった。
 姉が婚儀の前夜、私をきつく抱きしめて謝っていたのはその事だったことを今になって知る。
「なんだろう…すごくコワイ……姉さんもきっと、こんな思いしてた、んだよね……ずっと、知らなくてごめんね、姉さん。わたしに姉さんみたいな出来るかな……」
「できます……これはクレスティアにしか出来ないことだと、アカツキは言っていました」
「え…姉さんが…?」
「そうです。冒険が好きでヒマがあれば、この地球を駆け回っている。そんなあなただから出来ることと言っていました」
「…そうなんだ……」
「両親はあなたに皇族の格があるのかを心配しているけれど、自分はなんの心配もしていないと……この地球のことをよく知ろうとして、愛しているのはあなたにほかならないとも…話しています」
 姉にとってわたしは心配のたねでしかないと思っていた。でもそれは大間違いだったんだ。
 こんなにも、姉はわたしの将来の負荷を心配し、自由のなかで駆け回っているわたしの姿を愛してくれていたんだ。
 おもわず、感情がこみ上げてきて、涙が流れる。
「悲しいのですか?」
 わたしは首を横に振ると、彼は困った表情を見せる。
「違う。嬉しいの」
「うれしいと、笑うのではないのですか? 間違えてますよ、あなた」
「……っさいわね……うれしくても、涙がでることもあ・る・の! わたしだけじゃない、誰でもそうなのっ。分かった?」
 せっかく、しんみりと感傷にふけっていたのに。
 目の前のコイツはなぜか嬉しそうな顔をしている。
「アンタ! なによ、その顔は…っ」
「面白いのです」
「…はあ?! なにがよ?」
「表情がそんなにコロコロ変わる人間を見たのは初めてなのです。とても、わたしにとってそれは新鮮なことです」
「……そ…っそう…」
「アカツキが話してくれた通りの方ですね、あなた。見ていて興味深いです」
「興味深い?」
「そう。表情がころころ変わる。