私の知人の話です。
最近、その知人と会った時、ブレスレットを手首にしていたことに気が付きました。
聞けば、それは神様事をする人に作ってもらったとか。
その人は人それぞにあった石(の波動)を見て、作るという。
そう、そのブレスレットの石はパワーストーンという訳。
そんな彼は今、幸せかと言えば、そうではありません。
彼は心身の健康を崩して、とてもつらそうにしていました。
石は宝飾品であるとともに、霊的なものとしても扱われることもあります。
でも、そこが日本というところの面白いところ。
相反する二つの意味を物事は持ち合わせていたりするのです。
その石の持ち主は、それは私の一部であると認識しています。
その私の一部を・・・
『美しいと祝う』のか、
『私欲のまま、利用する』なのかで、
玉が魂に与える作用は相反すると感じます。
魂(たま)示威(しい)
・・・魂が威光をもつのか。
魂(たま)弑(しい)
・・・魂を*弑(しい)するのか。
*弑(しい)する・・・主君・目上のものを殺してしまうこと。
日本の言葉とは面白く、機智に富んでいます。
ということは、先の知人が出会った神様事をする人間とは、魂弑の部類でしょうか。
ならば、その人は知らずに『私の一部(人の身体・命・玉)を踏みにじる者』を刈りとる大鎌を知らずに持たされているのかもしれませんね。私という地球に。
その人にあったパワーストーン(玉)とは、その人の魂であり、躯体・血液でもあるのです。