最近とみに暖かかったせいか

急な寒さが身にしみます。。

春らしくジャケットを着て出かけたけれど、今日はコートがよかったか。。




久々に星が見たくて、名古屋市科学館に行ってきた♪

プラネタリウムは久々。。

ふたご座の話を聴きながら

ゆったりと星空を眺める。。



私の生まれた街には、プラネタリウムなんて洒落たものはなくて

代わりに夜になれば満天の星空が見られた。

今は目が悪くなったこともあり、

それ以上に、夜も明るい街中にいることもあり

星空も月灯りも、あまり意識できないで居る。。





月の蒼さに誘われて

宵闇に一人 浸り浸る

覆われた闇さえ 蒼く染まる月夜の世界

見慣れた町を覆う 蒼い世界



不安で孤独で それでも安らぎ穏やかな

蒼い月光に満たされた世界

宵闇に一人 浸り浸る

月の蒼さに誘われて






星は単なる風景ではない。。



飲み込まれそうな星空

不思議な蒼い光に満ちた月夜の世界

陽光降り注ぐ穏やかな小春日和

燃えるように紅く染まる夕焼けの河畔



光に創り出された世界こそ 誰もが味わう自然。。


都会とか田舎とかでなくて

木がないとか森があるとかではなくて

星が見えるとか見えないとかでなくて




太陽と月と星を仰ぐことができれば

それらの光に見せられた世界にいられれば

幸せなんかもしれないですね。。





上手くまとまりませんでしたが。。

数年前からヨガとドライブは欠かせないものになっていて

土曜日はヨガの日。。

日曜日はドライブの日。。


つまらなくないかい?と聞かれるけれど


私は真っ青な空や 真っ直ぐな飛行機雲が見られたり

少し春らしい風が吹いたり 夕焼けが綺麗だったりすることが

心底幸せになれるサプライズなのだけれど

皆違うのだろうか。。




考え事をするにはきっかけが必要で

考えられて作られた空間は 物思いにふけるのにあっている。。

そういう雰囲気を持っている。。


美術館に行けば 一心不乱に作家の意図を探ろうと思い巡らす

博物館に行けば はるか昔その物が生まれた時代に思い馳せる

寺院に行けば 無になろうと思いを飛ばす

教会に行けば 神に祈る


居場所と自分の認識がしっくりくれば

とても安定した思考ができる。




ドライブがてら岐阜県は養老へ

養老公園は天命反転地 に行ってきた。。


天命反転地は 広い広い山裾の公園に

荒川修作が作り上げたテーマパークで

不思議な島のようで面白い。。


特に楕円形のフィールドは

何かゲームの世界のように見えてくる。

どこかにヒントが隠れていて

何か答えを見つけて一つ上へ上がれるような。。



だいたい土日は子供連れであふれていて

静かに考え事をできるところではないのだけれど

それでも なかなか楽しいところでした♪



春先の昼下がり♪


平和ですな。。



”カポーティ” を見た。


誰でも、自分は誤解をされていると思うことがある。

”理解してくれない”っていう不満はとても厄介だ。

共感してくれる人が見つかれば幸せになる。

共感してくれる人が見つからなければ

孤独に怯えることになる。



「私は人から誤解を受けて生きてきた。

外見から 話し方が変だから 変わった奴だと。

本当はそうではない。わかるかい?」


トルーマンが映画の途中で語る。


彼は孤独を共感できる人間を見つけようと必死なんだと思う。

自分を理解してくれる人を見つけるのではなくて。。



先日 友人の結婚式に出た。

彼の2次会。。新郎新婦をだしにした○×クイズ。

彼はとても格好良くスマートで

誰もが彼のその性格を良く知っていた。


他人は人の深層を想像でしか知らない。

とても確かな想像だけれど

とても不確かな想像だ。。


けれど それを想像してくれる人が居るなら

きっと孤独ではないはずなのだけれど。



雪の節分にはならなかった名古屋。。

寒いのは苦手ですけれど好きです。

痛いくらい冷たい空気の方が澄んでいて気持ちよい♪

さて、こないだとあるパーティにご招待いただきました。

何処其処の経営者の方だとか画家先生だとか

ダンサーだとかいろんな方がお見えになりまして、

小さな部屋になんだかんだで4,50人の方が集まり

わいわいと楽しくお話やら情報交換やらをされておりました♪

ああいう“交流の場”は、必要とする人が集まるところで、

必要としない人が居てはいけないような気がして、

失礼ながら途中で退席させてもらいました。

私には多分必要ない。

私は昔から人とわいわいと接するのが苦手で、

ああいう“人と話さなければいけない場所”に居るのは

正直にだんだんと苦痛になってくる。

人と接するのがとても煩わしくて、人から離れようとするために、

“人間嫌い”と言われて変わった人だと見られることがある。

誰も人との関わりには煩わしさを感じることがあると思う。

その煩わしさと、関わりを失うことによる“人間嫌い”というレッテルとを秤にかけて

後者を恐れるか受け入れるかというだけの違い。。

後者を受け入れても、人間が嫌いなわけではないから、

人との関わりを、自分の苦にならない程度に我侭に求めていく。。

「人間嫌い」てのは、人間との関わりをとても強く望んでいて

けれど、人との関わりの中にあるいろいろな煩わしさにとことん弱い人間で、

人に焦がれながら、人に接すること避けている。

そういう人間なんです。。多分。。

だからものすごく我侭に人と接する反面、

とても人の反応を気にするし、

場合によっては急いで逃げようとする。

そそくさと帰る中で立ち寄ったバーのバーテンさんと

たわいも無い話をしてながらそんなことを考えて終わった1月末。。

さて、2月はどんな月でしょう♪

あっという間に時間は過ぎる

節目の日が近づく度にそれに気づく

そしてその度ごとに節目から節目への過程を振り返り

様々な後悔に苦しめられる


今日はそうやって悔いに痛む日

数年前の今日も 同じように思い悩んだ

悩みに閉じこもり一人暗い部屋の中で年を越した

辛い辛い時間だったけれどそれもただ節目と節目の間

いつかの後悔の一つ

小さなとげのような 後悔の一つ


今年 信じれば信じるほど 沢山のことが進み

けれど 不意に信じたことが上手くいかなくなって

何故か裏切られたように思って

そうして  少し悩む


信じていたのは自分自身

実のない自分を 目をつぶったまま信じていた

根拠の無い自分への自信

今年はそれに気づいた年

実を入れるための答えは まだ見つかっていない

見つからなくても時間は進む

やがて新たな節目がやってくる

多分答えはわからないまま

おそらく自信は失ったまま

けれど 限られた節目の間

精一杯悩んでみる