盆休みは関係なく仕事なのですが、

15日に休暇をとって実家に帰りました。

四国徳島の故郷は山も海も近い。それ以外はほとんど水田。。
風のよく吹く街で、拡がる水田に一人立てば、

並ぶ稲穂が風になびいて波のように押し寄せてくる。
私の好きな風景の一つ。

こないだ一緒にヨガを習っていた方々と故郷の話をしていて、
なんでそんな良いとこから名古屋に?
と聞かれてなかなか答えが出なかった。

私は今でも故郷を良いとこだと話をする。
何故そこに居ようとしなかったのかについては、
実は未だよく整理出来ていない。

人生で一番自分のことを考えた学生時代。
その学生時代の一番の成長期である就職活動の時期に、故郷から離れることを決めた。。


正解のない社会の入口で強い風にあおられながら

必死に考えて未経験の将来を探る。

なかなか良い経験だったけれど

故郷から離れたのは私の近い友達でも数人。。

正解だったと言い切る自信はない。



故郷に帰ると毎回少し悩む。昔話のような今の話。



一緒に付き合うクラウ君は車酔い中。

写真は明石海峡大橋と彼(よそ見中)



clau to setoohashi

昔から、趣味というにはあまりに片手間だけれど写真を撮るのが好きで、
近くの田んぼやら山やらに、カメラ片手に出かけていた。。

写真の良いところは自分の過ごした時間と
何に感動したのかを形に残すことができるところ。

不便なところは伝えたいものが伝わるほど巧く撮れるとは限らないところと
伝えたくないことが伝わってしまうところ。


写真は見ていて楽しいので写真展にもよく行くけれど、
偏屈な私が写真の中で惹かれるのはいつもその背景。


背景の一つは意図。

見た瞬間に、写真の奥や写されていない裏や
切り取られた後の時間に、思いを走らせる細工。。

作者の巧妙な意図が敷かれた作品は、見ていて飽きない魅力がある。


背景のもう一つは人。

撮っている人のファインダーを向ける姿が浮かぶと、
それが写真の印象を作る。

家族写真は暖かい。事件の写真は混乱した印象を受ける。


奥の深いはずの写真は、デジカメやカメラ付き携帯の普及で手軽な存在になった。
場所を問わず画が記録される。

自然、意図は薄くなるけれど、人は濃くなっていく。




東北地方を襲った地震で、バスが谷へ転落した。
転落前に逃げ延びた人々は、転落したバスに救助に向かう。

横転したバスから怪我をした数人を助け出して、
安全なところに横たえる。


命をかけた緊迫と混乱の現場で、
救助をしていた一人は携帯電話を構え、
生死の瀬戸際にいる被災者の正面から写真におさめた。。


翌日、彼は全国放送のテレビで事故の状況と救出劇の一部始終を熱弁する。
自ら撮った横たわる怪我人の生々しい写真と共に。。



彼は誇らしげだった。勇敢に崖を降り、命を救ったのだから当然かもしれない。

けれど被害者は、被害者の家族は、片手間のように救助活動を行った彼をどう思ったのだろうか。
知らない方がよかったかもしれない背景が写しだされる。

思い起こせばその少し前。
秋葉原の事件で、被害者に携帯カメラを向ける姿が報道された。
異様なほどの執着で 彼らは記録を残そうとする。
自分の記憶など無意味と言わんばかりに。


難しいことを考える分、写真を撮る機会は減った。

だけれど写真には私という人が写る。
そう簡単に写せるほど、私はできた人間ではない。。

写真は片手間くらい。私にはそれが丁度良い。


付けた写真はクラウ君の鼻。。
パソコンのLANケーブルを噛み切ったため
じっくり叱ってやったあとです。。

背景をご想像ください♪



hana

ほぼ半年ぶりにヨガのインストラクターの代行。。
いつもどおり必要以上に噛む私。。
来てくれた人には非常に申し訳ない・・


ヨガのはじめに少し話をする。
自分の考え方を少し知ってもらうため。


今日一日、今週一週間、、
良いこともそうでなかったこともあったと思う。
良くない出来事は後悔や不安を生む。。
後悔や不安を抱えると 人は今の自分が見られなくなる。
見ようとしても後悔が頭をよぎる。不安で心が晴れない。。
何時か 自分を見失う。心も身体も落ち込んでいく。。


ヨガではきっとそれを解決することはできない。
神様に願い事をするわけではないし、
良い解決方法を教えてくれるわけでもない。。
それはきっと 自分自身で時間をかけて向き合っていくしかない。。


けれど ヨガをしながら自分の呼吸に集中したり 鼓動に集中したり。。
外に向いていた神経を内に向けていく中で、
ふっと 後悔や不安を忘れる瞬間ができる。。


そうした時間が もしかすると自分を救ってくれるかもしれない。。
囚われている自分を少し解放できるかもしれない。


”囚われない”ことはとても難しい。。
けれど、私はそれこそヨガの目的であると思っている。。


そんな話をしながらの75分。。
暑い中ですがヨガも良いもんです。。♪.


彼は帰ってきた私の横でごろ寝。。
囚われて悩むことは 今のところなさそうです♪



shaba asana


パワーストーンのブレスレットを買いました♪

5月に長野に遊びに行った時に無くしてしまって、それからずっと運気が良くなかったので新調♪

bracelet to clau



運命が決まっているものとしたら、
人はただ流されるように生きていくことになるだろう。
努力とか思いとかとは無関係に、行き着く先はすでに決まっていると。


否定するつもりもないけれど、私はあまりそんなふうには思えない。
自分の今までが始めから決まっていた道筋とは思いたくない。


私は、人生は、取り巻く全ての偶然の中で、成り立っていると思っている。。
これまで起きてきたあらゆる偶然の積み重ねで私の今があり、
今起きているあらゆる偶然が私のこれからを決める。
それが延々と繰り返されていく。。そんなふうに考えている。


そうした偶然の積み重ねの中で、あり得ないほど偶然が重なった時に、人は、それを“運”と言う。


運とはつまり巡り合わせ。。
良い巡り合わせも悪い巡り合わせもある。。これが半分半分というのはよく聞く話。。

だけれど、何故だかやることなすこと上手くいかない時期というのは、誰も経験があると思う。
そういうときはきっと自分自身のリズムが上手くいっていないときかもしれない。。

巡り合わせは周りの偶然だけでは決まらない。


不意に立ち寄った本屋で出会った本に人生が変わったとなれば、
その本の著者が本を書くに至った偶然とか
本屋のオーナーがそこに本屋を開いた偶然だけでなく、


自分が立ち寄ろうと思った偶然、
その本に触発されたのも偶然だろう。

めぐり合わせは自分の中で起きる偶然でも決まっていく。



下向いてトボトボと歩いていては、周りで起きた偶然に気づかない。
背筋をピンと伸ばして、しっかり大地を踏んで、少し前見て歩く。。
自分自身、良いリズムで生きようとする。良い偶然を逃さないように。



ブレスレットは、右腕につけると自信がつく。左腕につけると潜在能力を発揮できるという。

自信がつけば胸張って前向いて歩ける。背筋も綺麗に伸びる。
歩調も少し速くなるし、生きるリズムが変わり始める。。

良い巡り合わせに出会うためには、まずは自分から♪
と思っている。


しかし、写真の彼の冷めた目は、

”ものに頼るな”と言いたげですが。。♪

昨日暑さにやられたせいか

私もクラウもお疲れです。。


shaba asana?

学生時代から、

疲れたときには寝ることに決めている私は

体力の回復を図ってろくに食べず寝ることが多く


夏は対外やつれていきます。。

冬には戻るので良いのでしょうが、

あまり増減があるのは良くないようです。

ヨガの先生方は季節による違いとか過ごし方とかよく知っているのか、

それとも生まれつきの体質なのか、たゆまぬ努力の成果なのか、

一年中見た目が変わりません。。えらいもんだ♪



お疲れの彼は着膨れしているからよくわかりませんが、

食欲は旺盛で私より良く食べるので、

今のところ心配は要らない様子です。。


余談ですが、彼をベジタリアンにしようと

野菜のドッグフードはないかと聞いたら

店員に満面の笑みで”いじめちゃだめですよ♪”

と言われたのですがどういうことでしょう。


なんにせよ元気に夏を乗り切ってくれると良いですが♪

ええ。私の話です。