うろちょろ放浪記

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同じものを同じと認識することから「数」の概念が生まれました。

まだまだ具体的な「数」の話ではありません。


最も原始的で根源的な「数」の処理は「1対1対応」と呼ばれるものです。

2つの量を比べるときに一つ一つを対応させて多い少ないを感じるのです。
教科書などでは上下に並んだ絵を線で結んで対応させます。


そうやって量的な間隔を確かなものにしていくのです。
ちなみに、数学の途中式などで=を下につなげるのは
この「1対1対応」で式の変化を認識してただしい処理を確実に行うために必要なことです。


そして、この「1対1対応」と順番としての数である「序数」を使うことによって
具体的な「数」へと発展していくのです。

皆さんはポジティブですか?ネガティブですか?
私自身はネガティブなほうだと思います。

やたらとポジティブシンキングがもてはやされますが、
ポジティブに物事を捉えることは危険な状況を過小評価してしまうことにもつながります。

とはいえ、ネガティブにとらえ過ぎると何もかも嫌になって
ふさぎ込みがちになるのも確かです。


一番重要なことはどちらかではなく、「行動」が伴うかどうかだと思います。


ポジティブに考えることは、リスクに対しての「行動力」を引き出すものです。
キリスト教的な考え方から出てきた考えだと言われています。

神のご加護を信じて突き進む。
迫り来る困難も最後に報われることをポジティブに信じて乗り越えていく。

結局「行動」を引き出す手段なのです。


ネガティブに考えても、リスクにうまく折り合いをつけながら「行動」していけばいいのです。

逆にポジティブに考えて、安心してしまうほうが問題でしょうね。

その本に「一文」でも価値を見出せれば「買う」価値がある。


この考えに賛同できる方は研究者的です。


普通は「一文」だけならば立ち読みでいいじゃないかと思うものです。

それはわかっているんです。

お金は無いし、他の本も読みたい・・・・



でも、資料は手元に置いておきたい!

という思いが勝ってしまうのです。


そんなこんなで読んでない本がまた山積みです。
でも満足です。

お金は無くなるけれど・・・

先日、娘が2歳になりました。

「いくつ?」と聞くと指を1本立てて表していたので
これを機に2本に出来ないかと頑張りました。

まずは観察です。

よく見ると中指、薬指、小指が連動して動いていることに気づきました。
その3本の区別の認識が曖昧で、独立して動くことが出来ないようでした。


そこで、徹底してそれぞれの指を意識させてみました。


すると3日で2本にすることが出来ました。


言葉をまだ充分にしゃべることが出来ない子供でも
やはり、自分をどう認識しているかで「できる」「できない」が変わるのでしょうね。

人間には才能なんてものは存在しない

と思います。


才能と呼ばれるものは様々な偶然・必然の産物です。

そのうちの一つが「自己認識」です。


自分はどういう人間であるのか
それをどのように定義づけるかによって
言動は大きく変わります。

そして、それは一旦決まってしまうと
大変有用な武器にもなり、また変化を妨げる障害にもなります。

ちょうど外骨格の生物のようです。


外骨格の生物は、成長の度に脱皮を繰り返し、
外骨格を壊して作り変えることで大きくなります。

その壊す作業は命がけで非常に大変なものです。

しかし、自然の中で勝ち残っていくために変化は欠かせません。
そのリスクを犯してでも脱皮をし、新しい自分の枠をつくり上げるのです。



人間は特に成長すればするほど「精神的脱皮」が出来にくくなります。
出来ないのではありませんが、見栄や体裁などが邪魔をするからです。

自らを変えるにはまず「自己認識」を変えること。
これが非常に難しいのです。