久々に、足が悲鳴をあげた。
不思議なことに、絶好調のときほど危ない。水曜の朝、起きた瞬間に足へ激痛が走った。
特別に強い負荷をかけた記憶はないけれど、きっと日々の蓄積なのだと思う。その自覚がないまま、少しヨガで無理をしてしまったのも原因だろう。
翌日のバレエでは、体の不調を訴える参加者がいた。
「私も痛めているけれど、今日はコントロールしながら、リハビリのつもりでやりましょうね」
そう声をかけると、彼女は無理をせず、加減しながらも楽しそうに動いていた。レッスン後、「かえって体が楽になりました」と感想をもらい、私自身も心が軽くなった。
お医者さまは、二言目には「安静に」と言う。もちろん、それが必要なときもある。
急性期の炎症や、明らかな損傷がある場合は、休む勇気が何より大切だ。
でも私は、慢性的な痛みや、筋肉のこわばり、自律神経の乱れに対しては、やりながら整えていくという選択も、とても有効だと感じている。
完全に止めるのではなく、感じながら、調整しながら、今の自分と対話するように動く。
体は、使い方を忘れると、戻るのにも時間がかかる。
だからこそ、壊さない範囲で動かし、気づきながら修正していく。
それは無理をすることではなく、むしろ自分を大切にする行為なのだと思う。
木曜になると、痛みはさらに増していた。しかも、よりによって移動距離の長い場所。
もう、頼れるのは根性しかない。
久々に、駅から目的地までの道のりが、やけに長く感じた。
その分、長いあいだ忘れていた感覚を思い出した。
足の不自由な方が、毎日どんな思いで歩いているのか。
それを「想像」ではなく、「自分ごと」として感じられた。
歩けること。
踊れること。
当たり前のようで、実は奇跡の連続なのだと、あらためて思う。
思わず心の中で、「ありがとう」と言っていた。
そして、自分が本当に辛いときに、そっと支えてくれる仲間たちの大切さを噛み締めた。
言葉にしなくても寄り添ってくれる存在がいることに感謝して、
今朝はありがとうの気持ちを込めてお祈りをした。
時々、痛い思いをしないと、
「普通の日常」がどれほど尊いものか、気づけないのかもしれない。
そう思うと、この痛みさえも、ひとつのメッセージだったのだと思える。
気づかせてくれて、ありがとう。
この4月にクリニックで働かせて頂いて、まる2年に
なります🎉

