舞姫アリ風生き方 -7ページ目

舞姫アリ風生き方

#フラメンコヨガ#スペいんど
バレエ・フラメンコ・ヨガ指導者

久々に、足が悲鳴をあげた。

不思議なことに、絶好調のときほど危ない。水曜の朝、起きた瞬間に足へ激痛が走った。

特別に強い負荷をかけた記憶はないけれど、きっと日々の蓄積なのだと思う。その自覚がないまま、少しヨガで無理をしてしまったのも原因だろう。


翌日のバレエでは、体の不調を訴える参加者がいた。

「私も痛めているけれど、今日はコントロールしながら、リハビリのつもりでやりましょうね」

そう声をかけると、彼女は無理をせず、加減しながらも楽しそうに動いていた。レッスン後、「かえって体が楽になりました」と感想をもらい、私自身も心が軽くなった。


お医者さまは、二言目には「安静に」と言う。もちろん、それが必要なときもある。

急性期の炎症や、明らかな損傷がある場合は、休む勇気が何より大切だ。

でも私は、慢性的な痛みや、筋肉のこわばり、自律神経の乱れに対しては、やりながら整えていくという選択も、とても有効だと感じている。

完全に止めるのではなく、感じながら、調整しながら、今の自分と対話するように動く。


体は、使い方を忘れると、戻るのにも時間がかかる。

だからこそ、壊さない範囲で動かし、気づきながら修正していく。

それは無理をすることではなく、むしろ自分を大切にする行為なのだと思う。


木曜になると、痛みはさらに増していた。しかも、よりによって移動距離の長い場所。


もう、頼れるのは根性しかない。


久々に、駅から目的地までの道のりが、やけに長く感じた。

その分、長いあいだ忘れていた感覚を思い出した。

足の不自由な方が、毎日どんな思いで歩いているのか。

それを「想像」ではなく、「自分ごと」として感じられた。


歩けること。

踊れること。

当たり前のようで、実は奇跡の連続なのだと、あらためて思う。

思わず心の中で、「ありがとう」と言っていた。


そして、自分が本当に辛いときに、そっと支えてくれる仲間たちの大切さを噛み締めた。

言葉にしなくても寄り添ってくれる存在がいることに感謝して、

今朝はありがとうの気持ちを込めてお祈りをした。

時々、痛い思いをしないと、

「普通の日常」がどれほど尊いものか、気づけないのかもしれない。

そう思うと、この痛みさえも、ひとつのメッセージだったのだと思える。


気づかせてくれて、ありがとう。



この4月にクリニックで働かせて頂いて、まる2年に

なります🎉

最近、お相撲を見て「謙虚さ」について考えさせられました。あたみんが初優勝を逃した際に語った「まだ調子に乗るなと、相撲の神様が教えてくれたのかもしれない」という言葉が心に残っています。人は負けや挫折を経験してこそ、謙虚さを身につけるのだと思います。

私自身が謙虚さを学んだのは、邦楽を通してでした。難しいとされる楽曲も「意外と簡単かもしれない」と思っていた時期がありましたが、学ぶほどに、美しい音色を生み出すことや裏打ちの難しさ、そして先生が私たちの力量に合わせて指導してくださっていたことに気づきました。簡単に見えるものほど実は奥深く、その深さを知ったとき、人は自然と謙虚になるのだと感じています。




人生でいちばん懐かしく、もう一度会いたい人、行ってみたい場所を考えると、祖母の店があった京橋(銀座)が思い浮かぶ。あの街の風景や常連さん、肩車してくれた従業員さん、そして祖母に、もう一度会ってみたい。


最近、高校の同窓会の動画や写真が届き、皆が昔を懐かしみ、ねぎらい合いながら楽しんでいる様子が伝わってきた。けれど私の高校時代は、父を亡くした直後で、満員電車の通学、勉強と音楽、往復3時間かけて通ったバレエのレッスンに追われる日々だった。振り返れば、夢を支えに必死に生きていた、私にとっての暗黒時代だった。


だから今も同窓会には行きたいとは思えない。友達との思い出より、毎日をこなすことに精一杯だったからだ。


もし「人生の同窓会」があるなら、小学生の頃の親友や、駆け出しの頃に愛情深く歌ってくれたスペイン人のカンタオールとギタリストに会いたい。


月日を重ね、変わっていく人々の面影を感じながら、ただ皆の健康を祈らずにはいられなかった。