踊れないにも、いろいろな背景があるなぁと思うこと。
レッスン指導をしていると、「踊れない」という一言の中に、実はいくつかの段階があるなと感じます。
最近、特に気づいたのは、次の二つのタイプの違いです。
先生を見ていれば踊れるけれど、みんなだけだと踊れない場合
この場合、先生の動きを見ながらだと踊れる。でも、先生がいなくなると分からなくなってしまう。
これは、決して能力が足りないわけではなくて、動きを追いかける力はちゃんとある状態です。
ただ、振付や流れがまだ自分の中に定着していないだけ。
ここで私が大切だなと思うのは、
「踊れなかったこと」そのものよりも、その後、どう感じているかです。
踊れなかったことに少しでも
「ん?」と立ち止まれるかどうか。
その小さな気づきが、踊りを自分のものにしていく第一歩だと思っています。
次に先生の踊りをあまり見ておらず、一人だと何もできない場合。
こちらは、さらに手前の段階。
・何を見ればいいか分からない
・見ること自体が、まだ学びになっていない。
そんな状態だと、一人でやってみようと言われても、身体が動かないのは自然なことです。
この場合、反省が生まれないのも無理はなくて。
何を学んだのかが分からなければ、何ができなかったのかも、分からない。
だからまずは、「見る」「感じる」
「受け取る」
その土台(見る力)を一緒に作っていく必要があるなと感じます。
私が指導する立場として大切にしたいこと。
同じ「踊れない」でも、中で起きていることは本当に人それぞれです。
だからこそ、
・どこを見るのか
・どうやって学ぶのか
・見てから動く、という当たり前な意識として認識してきた、私の舞踊人生で身をもって学んできた、基本を、丁寧に伝えていきたいなと思っています。
そして、その相互アンテナは、私にきちんと届いています。


