二、途中の風景・・・かな



 十時三十分。智鳥の所有する2DKには、不似合いなほど大きな古時計があくびをした。
 カッチカッチと響く振り子の呟きに、グラスの氷が、カラン、と涼やかな音で応える。
 現在、部屋の主人智鳥は、同居猫を抱きながら手足の生えた変な瓶と酒を酌み交わして
いる。
 智鳥の前にはグラスに水割りが、瓶の前にはおちょこにストレートウイスキーが。
 瓶は先程から自分の中味を味わうかのように、おちょこを傾け、結果、テーブルを酒浸
しにしている。
 ごそごそ、と腕に抱かれたセリカが智鳥に無言で呼びかける。死んだ魚のような目が、
『ナントカシロヨ』と訴えかけてきた。飲み始めてから既に古時計の長針が一回転してい
る。
 怪しい瓶『響』は十数回おちょこを傾けていて中身は半分ちかくにまで減っている。勿
体ない。
 彼女(なのか?)は、くだを撒くでも、からむでもなく、ただ杯を重ねるだけでたいし
た被害は無かった。
 しかしどうにも空気が重い。

 ・・・・・・・・・・。 
 これからどうしたものだろう。智鳥のため息がそう云った。


 時間は一時間ほど溯る。
 ただでさえ狭い八畳部屋の半分以上を勝手に占領し、上下と隣人にねじ込まれる程の大
音量、それも低音のあや怪しいリズムで。さらに霧か煙のような靄が部屋に充満し、とど
めといわんばかりの稲光が2DKを轟音付きで駆け巡る。しかもそれらを引き起こした張
本人は奇怪な変身の真最中。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・みぃ」
 稲妻に弾き飛ばされた茶碗を避けながら、文句のひとつも言ってやろうと考えていると、
セリカがそばにすりよってきた。
「うん?何だセリカ?」
「みゃあ」
 そういえば変身するのはいいとして服はどうなるんだ、とセリカは言いたいらしい。
 智鳥はその意を理解したがとっさに行動できなかった。バスタオルを用意するか、カメ
ラを構えるか迷った、などとは口が裂けても言えない。
 そんなことを考えている間に、部屋の様相が変化した。ドラムの音が小さく、それでい
てリズムはより速くなり、稲光は緊張した空気を孕みながらもおさまっていく。しかし辺
りを包む靄はより濃くなっていき、すでに変身中の響の姿は確認できない・・・・・本当
に八畳間か?
 そして最高潮。
 窓ガラスを震わせる轟音と、眼を焼く閃光が智鳥の叫び声と重なった。
「わあああああああああ、ちょっと待ったああああああああああああああああああ 」
 まだ、バスタオルもカメラも用意していない。いや、そうじゃなくって。
 頭を抱える智鳥を無視してセリカが薄くなっていく靄の中に入っていく。
 それは部屋の真ん中、ちょうど照明の真下に立っていた。
 黒く炭化して、細い煙を数本たなびかせ、周りには砕けた蛍光灯が散乱している。
「・・・・・直撃したな、最後の」
 いつの間にか、セリカのとなりにきた智鳥が人型の黒炭へと合掌している。眼が笑って
いるぞ。ホントに死んでると思っているか?智鳥。
「みゃおう」
 とても悲しんでるとは思えない一声を発すると、やおら炭化した人型の物体へ鼻先をつ
ける。
「食うなよ、セリカ」
 絶対、腹壊すから。その言葉は飲み込まれた。
 鼻を衝けた瞬間、炭化した表面にペキッとヒビが入る。ヒビは胸から全身へとペキペキ
と拡がっていき、頭と四肢が砕けた。当然、真下にいたセリカは灰だらけになる。黒猫で
よかったな。
 智鳥がセリカを灰の中から、摘み出そうと引っ張ると、黒い尻尾に掴まる、なまっちろ
い手が現れた。
「失敗してしまいました」なまっちろい手の持ち主は、そういって頭を軽く掻くのだった
が、部屋の惨状、智鳥の表情、高く積もっている灰、灰まみれのセリカへと視線(目が有
るのかは聞かないでくれ)を移していくと、消え入りそうな声で「すみません」と謝り、
掃除道具を取りに行った。


 一〇時三五分。状態は五分前と大して変わっていない、あいも変わらず神経を磨り減ら
す沈黙が続いている。しかし三〇秒後、突然に変わった。某毒舌家
調でいうなら、
「ドライアイスの鑢を孕んだその静寂は、たとえ美女の熱き想いを唇に乗せてさえも消え
るとは思われなかった。しかし既に次の幕は上がり、舞台は動き始める。勇敢な王子も可
憐な姫もたとえ誰であろうとその静寂を何時誰が壊すのか知らない・・・・・舞台裏から
覗いている悪魔以外は」
と、成るところである。
 トントン、と扉を叩く音がして、返事も聞かずにいきなり扉が開く。トイレの扉だ。
 すぐに響が応対に飛んでいった。おちょこを放り出し、文字通り飛んでいったのである。
「たぶん、百目禁制人か緑色怒声人だぜ」
「みゃあ」
 八足歌聖人かも。って、朝からの異変で既に慣れたせいか二人とも動じていない。
 玄関、否トイレの方から響と中年男性の声が聞こえる。声だけで判断するなら案外まと
もな人かもしれない。
もっとも響の姿を見て、なんのリアクションも示さない人物が、まともだとは思えないが。
 やがて響に連れられて来たのは、派手なボディペイントをしたコンクリート片だった。
コンクリート自身の色具合、そして針金の先に付いた値札があるところを見ると、出身は
ドイツのベルリンらしい。

「やあ、突然お邪魔します」
 コンクリート片は、黒いシルクハットを短い手で器用に挙げて見せ、続けて名前を、と
言うところで詰まってしまった。察するにまだ名前が無いらしい。
「とりあえず、ジャーマンでどうです?」
「そうですね」
 どうやら話は通じたらしい。
 智鳥は要件を聞こうとしたが、ジャーマン(仮)は手で智鳥の発言を抑えた。急いでい
るのか、しきりに古時計を気にしていた。
「みゃあ」
「お急ぎですか?」
「ええ、ちょっと・・・ すみません。急いでるものですから」
 言葉の前半はセリカへの応えで、後半は智鳥に言ったものである。あんまり長居したく
ないらしい。が、その割に声はのんびりしている。
 コンクリート片は智鳥と響に頭を下げると立ち上がって出ていこうとした。響が先にな
って歩き、玄関に行くかと思いきや、着いたところは冷蔵庫の前であった。
 そこが出口か、この分だと玄関はどこへ続いているのやら。
「それでは、ごきげんよう」
「おきをつけて」
「みゃあああ」
「・・・・・・・・・・」
 四者四様であいさつを交わすと和やかな雰囲気のまま冷蔵庫の扉がしまった。扉の向こ
うに消えたジャーマンの表情が気になる。
 一人だけ沈黙していたのはこの部屋の主人で、冷蔵庫の中にあった一週間分の買い置き
がきれいさっぱり無くなっているのを知ったからだった。代わりにそこには黄色いレンガ
の道が・・・・・。
「・・・・・」
 無言で部屋に引き返す智鳥を響が見咎めた。
 どうしたんですか、との問いに朝からためた不機嫌で応え、そのままヘルメットを抱え、
出かけようと玄関へ向かう。黄色いレンガの道についてはあえて言及を避けている。
 靴を履こうした手が不意に止まる。目の前の扉を叩いている者がいるのだ。
「まともな客かな」
「にゃあ」
 一緒に出かけるつもりでついてきたセリカが応え、さらについてきた響が感想を述べよ
うとしたとき、扉の鍵が弾き飛ばされた。次いでミシッ、とチェーンが引きちぎられる。
 そこに立っていたのは身長二〇〇センチメートル程の兎。それもどう見てもキャロルの
小説に出てくる、『大きな懐中時計を持った兎』にしか見えない。
 そいつは一同を見渡し、智鳥に視線を合わせて、にやり、と微笑んだ。悪魔の微笑みで。





                    二、途中の風景・・・かな --- 了


 三、不思議の国の法則と海



「御初にお目にかかります。私は『時を刻む兎』と言う者です」
 少し時代掛かったような感じで目の前の大兎が喋った。無論、会釈も忘れてはいない。
 その辺はさっきのコンクリートの破片とどっこいどっこいであったが、こちらには取り
合えず名前があるらしい。
 それにしても愛称でないとしたら、センスとしてはなかなか『切れてる』所がある。
 兎は部屋の中の方に興味があるらしく、失礼と言いながらそのままもそもそと入ってき
た。
 少なくともこの狭い廊下で『兎…の縫いぐるみ』、さらには『その口と手から出ている
歯と爪…鋼の輝きを持った』と、擦れ違いたくないと思っているであろう智鳥を、インパ
クトで押し戻した。

「何のようだ ここは何もない部屋だ・・・・・多分・・・」
 勇気の一片を振り絞って兎に言い放つ。最後で少し弱気になったのは、今までの不可解
な出来事を見てきたからだった。あんな事があった後なので、驚くなどと言う神経は麻痺
してしまったが、ついでに常識に対する自信も麻痺してしまったようだった。

「あと、一時間くらいですよ」

 兎の方から女の子の声が聞こえた。
 そこには兎の他に何もいなかった、訳では無い事を思い知らされた。
 兎の胸の中ほど辺りが裂けたかと思うと、そこから懐中時計を持った青い目をした女の
子のお人形さんが、ひょっこりと出てくるのを見たからだった。
 一匹と一瓶はともかく、一人は硬直していた。
 血は出てこなかった。代わりに木の屑がぼろぼろと零れてくる。
 こんな時でも掃除の事を考えてしまうのは、非常識な事態に慣れてしまったせいだろう。
 少なくとも、血飛沫飛び散るスプラッタは智鳥とセリカ、そして多分ではあるが響も好
きではなかった。
 兎は人形ごと時計をつかみ取り出すと、少しの間眺め、無造作に胸の裂け目の中に押し
込んだ。それは、ちょうど心臓を取り出し眺めた後、押し込むような感じに見えた。ただ、
心臓の代わりに時計を取り出し、血飛沫のわりに木の屑が床を汚している。
「すいませんが探し物をしているんです。歳は五一七三分で出身はドイツ。体を様々な色
に塗ったコンクリート片で銀製の古い懐中時計を持っています。名前は・・・」
 名前を忘れてしまったのか、兎は懐から一冊の手帳を取り出すと、縁の部分の突起して
いる所に口を当てた。
 次にする事は予想がついた。威張れることでは無いがそれ以外は、考えもつかなかった。
余りにも馬鹿馬鹿しい、アメリカアニメの使い古された手段で、今まさに兎は手帳を本く
らいまで膨らまそうとしていた。
 この滑稽さに精神は刺激され、冷静さが戻ってきた。兎が本の中に空気を入れ始めると
同時に・・・。

「あと、八・三三切り捨て時間くらいですよ」

 女の子の人形が分かりにくい言い方で何かの残り時間を示した頃、兎は電話帳程まで膨
らませた手帳をぺらぺらとめくり何かを探していた。
 智鳥はと言えば、 
「なあセリカ、俺達寝ている間に変な所に来たんじゃないか?」
 などと兎の熱気に押され話しかける事もできず、横にいるセリカに問い掛けているし、
当のセリカはどう思っているのか、にゃあと一鳴きしたのみで知らん振りを決め込み、響
はといえば表情はともかく、この状況を楽しんでいるようだった。

「おまたせしました」
 皆の様子を見ているうちに目的のページを見つけたのか、小々興奮したした面持ちで兎
は叫んだ。
「えっと、名前はジャーマンに改名。名付けた者は…草切智鳥だそうです。知っています
か?」
「え?」
 兎の言葉に智鳥は惚けたような声を出した。無論、自分の名前が出てきた事が、何でなの
か理解できなかったからだ。
「ですからジャーマンもしくは草切智鳥と言う人を知りませんか?」
 何がなんだか分からなかったが、直感としてここでな名乗れば拍車を掛けた訳の分から
ないことに巻き込まれる。少なくともこれ以上は、『常識的』精神に非常に悪い事は今ま
での事で分かっている。ここは無視に限る。頭の中でそう思いつつ黙りこくる智鳥に代わ
り響が一言答えた。こちらに指を差しながら・・・

「あなたと同じ名前ですね」
 この一言は効いたらしい。現に兎がこちらの方に向かってくる。言い繕おうとしたが、
少し遅いような感じだった。
「あなたでしたか。で、どこに行ったんです。いや、どこに行こうと思っていました。さあ
早く言いなさい」

 剣幕は凄かった。兎に言い寄られながら智鳥は否定を諦めていた。彼では跳ね返す事が
出来ないのを、彼自身分かっていた。
 そのため、後戻りの出来ない決定打をもう一言漏らしてしまった。

 そう、一言『海』と言う単語を・・・。

「・・・で、この押し入れを開けると海に行けると思います」
 響が兎の質問に答えた。海に行く道を聞いて満足したのか、兎が「ききき」と軋るよう
な笑い声をあげた。
 兎に言わせると、『なんとなく』で生まれたものは名前を持たず、名前を付けた者は『
なんとなくの法則』により、なんとなく精神的に繋がりを持つそうなのだ。
『迷惑な法則だ』こんな状態になってもこう思わない者は、まずいないと思う。現に智鳥
はそう思っていた。

 余談ではあるが、少し気になった智鳥は響の名付け親を兎に聞いてみた。最近生まれた
響がどこでこの『響』と言う名前を貰ったのか、もし自分だったらなんとなく厄介が二倍
になってしまうような観を受けたからだった。
 そして答えはさらに混乱を呼んだ状態となった。
 兎が本から探し出した結果、名付けた者はセリカと言う事が判明したからだった。
「どうやって付けたんだ?」とセリカに聞いた所、響が代わりに答えた。
 それによれば、生まれた時に起こそうとしたが一人と一匹はなかなか起きず、せめて名
前をと言った所セリカが響の『腹』に当たるところにあるラベル・・・正確には響と書い
てある場所を前足で差した、と言うことだった。
「ファーストネームはサントリーウイスキーよ」
 こう聞いた智鳥は本気で目眩を起こしそうになった。

「あと、〇・四一六七切り上げ時間くらいですよ」

 兎の中の女の子が残り時間を告げた。その声にすっと現実に引き戻された智鳥は、残り
時間四〇分を切ってから五分おきに時を刻む意味を聞いてない事を思い出した。
 しかし聞く事は出来なかった。と言うのも、残り時間が無くなって慌てたのか、兎が智鳥
の手をがしっと掴んで押し入れに向かってどすどすと走りだしたからだった。
 兎は押し入れの戸をどがどがと開けると、布団も何も無くなった石の壁の洞窟に入って
いった。智鳥の叫び声をセリカと響に残して・・・。
 それを聞いたセリカは溜め息をつくと、うきうきしている響を連れ、飼い主を追いかけ
洞窟に入っていった。

 長く狭い洞窟を抜けると海だった。
 いや、そこは『海』らしかった。『らしい』と言うのはその風景があまりにも
智鳥の知っている『海』とは違い過ぎたから
だった。
 青い砂浜。白い海。空は赤く、雲は琥珀色をしていた。

「ちっがーーーーーーーーーーう 」
 自分の意志に反して思わず寒そうな瑠璃色太陽に叫んでしまう。
 これが後ろから来た響に届いたらしく、「それじゃ、あなたの言う本当の海を見せに連
れていって」と、昔聞いたことのあるような事を言った。
 セリカはと言えば、芸術家が絵を見るように風景に見入っていた。

「あと、〇・〇八三切り捨て時間くらいです」

 洞窟の中で何回聞いただろうか、いつものあっさりした口調で人形の女の子は、兎の胸
の中から告げた。
「何処にいるんですか。早く見つけなさい」
 大部から、思い切りにランクアップされた『焦り』が、兎の口調を命令形にしていた。
言い返そうとしたが、良く見ると手についた鉄の爪がぴんと立っているようだったので、
素直に探すことにした。

 見つけるのは簡単だった。
 青い砂浜でただ一つ、白いコンクリート片・・・もといジャーマンが岩のように蹲って
いたからだった。

 兎も智鳥と同時に見つけたらしく「追いついたぞ~」と叫びつつジャーマンに襲いかか
った。
 ジャーマンの方も気付いたらしく、こちらを向くと叫んだ。
「きさまは、時を刻む兎。と言う事は後ろの連中が手を貸したな。見つかったからには倒
してやる!」
 棒読みで一言いうと立ち向かった。

 優勢の方は兎だった。本当に爪と歯は鋼鉄製だったらしく、ジャーマンを爪で削り歯で
ひびを作っていく。
 それに比べてジャーマンは有効な打撃を与えられず、苦戦していた。
 次の一撃で打ち砕く。誰もがそう思った。もちろん兎もそのつもりだったが、そこに思
わぬ邪魔が入った。

「あと、〇・〇時間くらい…時間切れです」

 女の子の声が聞こえた。
 兎の動きが止まった。発条が切れたように動かなくなり、ただの大きな兎の縫いぐるみ
に戻ってしまう。
 ジャーマンは勝ち誇った笑い声をあげると、目標をこちらに合わせた。

 「!!」

 智鳥は相手の体当たりを何とか転がって避けたが、ジャーマンはそのままセリカに向か
って突進していく。
 思っても見なかったのか、セリカは避けるタイミングを外し、身動きが出来なくなった。

「セリカー!」

 思わず叫ぶと、セリカから目を離した。
 しかし智鳥の耳には、潰される音ではなく、何かが砕けるような音と絶叫が聞こえた。





                    三、不思議の国の法則と海 --- 了


 四、3/4、それから…



 こわい・・・・・



 ミルのがこわい・・・・・


 目をアケルのがこわい・・・・・



 セリカ? ヒビキ? コワインダ・・・・・・・・・・



 頭の重さが身体の在りかを教えるように、『おれ』は『オレ』で『オマエ』ではないこ
とを、しきりに訴えかけられていた。





 ミロヨ、ホラ





 僕は目を開けた。

 そこには大きな海、青い砂浜、そして木偶のウサギ、ブルブルと怯えるセリカ、中身を
ぶちまけ、胡座をかいた石コロの下敷きになった響が・・・・・。

「お目覚めかな」

 薄暗い男、とうに初老の域に達しているであろう男が、僕に覆いかぶさるように顔を覗
きこんでいた。

「・・・くっ・・ん・・ん・・はっ・・・・
・・・セ・・リカ・・・・」

 声が出ない。喉が…重い。

「苦しいか。仕方ないな」

 無機質な男の存在が、さして広くはないこの空間にねじりこまれてきた。
 右目の片隅で乱暴に燃えているローソクの光が、容赦なく無様な僕を照らしだしている。

「次の客が待っている。早く出て行ってくれ」

 疲れたように動かない身体を精一杯の力で起こそうとする。

「手伝ってやれ」

 男がそう言うと、両脇にいた傴僂男が、僕の手足を掴んで無理やり持ち上げ、そして家
の入口付近に向かって放り投げた。

「ぐはぁっ!」

 血の混じった大きな痰が、口腔を下品に汚した。

「さあ、ブツを頂こうか」

 傴僂男が「次の人」と呼ばれた人間から、薄汚い麻袋を受け取っている。
 家かと思っていたものは小屋だった。それは農舎を思わせる、朽ちたボロボロの小屋。
到底扉とは呼べぬ、ボロきれを垂らしただけの入口の外から、僕はただポカンとそれを眺
めている。

 やがて初老の男は注射器を取り出し、それをベッドの上に横たわる人間にぶちこんでい
った。

「すばらしい夢を………」

 人間の渡したあの麻袋から、微かに血の臭いが漂っていた。



 あれは夢を見るための薬。

 すばらしい夢を見る手助けをする薬。

 人は死ぬ間際、その恐怖と苦痛を和らげるために、ある種の麻薬のような成分を持つも
のが体内につくられるという。
 人間はなんとか弱く偉大なものか。
 己れの末期を許容せず、ただ認識の奥底に“忘却”という名の貼札にまみれた逃避に身
を任せるだけだとは。

 見よ。それの是非を論せず、一部の快楽だけを手に入れることを生業とする連中。それ
を頼る人間。即ち、魂を売り渡した悪魔の奴隷が如きこの様を。

 今ベッドで横たわるあの人間もきっと死トイフモノを愚弄しながら、至福のひとときを
極上の夢とともに過ごしているのだろう。

 どんな夢を見るのか?

 数多の美女に囲まれ、果てることなく天空を突き刺す陰茎を、不変の狂王の名において、
その数多の陰穴にねじりこむか。
 はたまた黄金の海で飽くるまでその色に酔い、使い切れぬ黄金を抱いてセイレーンに魅
入られるが如く海深くに沈むのか。
 いや、太古の昔の王のように神を求め、神に贖い、そして神にならんとし、米粒の虫ケ
ラどもを従え、贅の限りを尽くすのだろうか。

 明日をも知れぬ立場に立たされた時、人はその本当の価値がわかるという。
 私利私欲のみに捕らわれた己れを顧みずに、それに思う、思わされることの善し悪しだけ
に固執することのなんと愚かなことか。
 嗚呼、その愚かしさもこの終末になんの意味をもたらすものか、私には解らない・・・。



 どのくらいの時間が過ぎたのか、明後日の方角の空のぼやけた光源が、捨てられた愚か
者の星を冷笑していた。
 力の入らぬ四肢を棒きれに託し、ヨロヨロと荒野に足を進める。

“あとどのくらい生きられるのか・・・・・”



(あと、二・八一切り捨て時間くらいです)



「!!」

 腐れた大地が目の前でゆらめく。大きく蹴つまづいたその先には、どす黒い肉色をぶち
まけた『何か』の肉片が散乱していた。

「!! うっ・・・」

 習慣のように、無いはずの、実際にも何も無い胃の内容物を、ひび割れた不毛の大地に
垂れ流した。

 そう。

 それはあの日のそれと同じように大地を汚していた。



 たぶん人が人でありえなくなったその日、神はこの星とその親愛なる子供たちの生命を
犠牲にして、最も神の寵愛を賜わったはずの人間どもに粛清を加える。
 名も知らぬ、その存在さえも知らぬ何かがこの星に降り注いだ。それは目に見えぬもの
を信じようとしない者が一番恐れる非科学の皮をかぶって、多くの『オロカナイキモノ』
を狂わせていった。

バケモノ。

 人々はそれにとらわれた者たちをそう呼んだ。その容姿たるや、決して大自然の法則に
は、あってはならない異形をとっていた。
 人の身体の外部と内部をそっくり入れ替えたような、内臓が外皮で外皮が内蔵のような、
そんな容姿。
 生きているまま人の身体を喰らい、喰らわれた者は自ら己れの身体を大自然の法則の呪
縛から解き払うのだ。それはまるで大宇宙の法則のもとで解脱を果たした、新たなる究極
の進化形を白日のもとにさらすものとでもいえるのか。
 大崩壊の中、かろうじて生き残った僕たちの命を奪い去ったヤツら。愛娘のセリカを守
ろうとしてヤツらのエジキになった響。その時僕は足が震え、硬直し、動くことができな
かった。
 ヤツらの触手が、セリカをかばう響の口をえぐるように奥へ侵入していく。右の眼球が
こぼれ落ち、充血したゼリー状のものが残った目の部分から流れ出してきた。

「!! うっ・・・」

 激しく嘔吐した。大宇宙の法則に抱擁された妻の姿に激しく嘔吐した。

「ママが・・・ママがぁ~・・・・・パパ、ママが・・・・・」

 大宇宙の法則のもとで完全に解脱した妻は、まるでうまそうなエサを見つけたケモノのよ
うに、自らの子であったセリカを捕食せんと近づいていった。

「いやあ~!!  ・・・・・あがっ」





 ミロヨ、ホラ ヨクミロヨ





 鮮やかな桃色が小さなセリカに入っていく様を、見開いた目はただなす術もなく映像を
取りこみ続けている。

「・・・う、う・・・あぁ・・・ぁ・・・・」

 恐怖の限界を超えた人の心というのはいかばかりか。
 絞り出した叫び声、セリカが、響が、僕の心から消えていく。ああココロが潰される。
いやだよぉ・・・ああぁ・・・・・・・・・



 しかし僕の耳には、潰される音ではなく、何か砕けるような音と絶叫が聞こえていた。





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 人はなぜ夢を見るのか?


 人は何のために生きるのか?


 人は何処に向かって生きるのか?



 セリカは夢を見たか?


 響は何のために生きたのか?



 嗚呼、僕は何処へ向かって生きるのだろう。



(あと、〇・四〇一切り上げ時間です)



 神さま、どうかこの僕を殺して下さい。

 そして地獄の業火で焼きつけた永久に消えない罪と罰の烙印を押して下さい。

 ああ・・・・・神様





 シネヨオマエ、シンジマエ





 人は死ぬ前に一度だけ、昔読んだおとぎ話の夢を見るという。

 それはとても優しく暖かく、残りわずかな一生に深く刻まれることだろう。



 (あと、〇・〇〇・・・・・時間切れです)







  人が人であった最後の日、

  僕は響を愛した。


  僕が人であった最後の日、

  僕はセリカを愛おしんだ。



  そして、

  子供の頃に読んだあのおとぎ話とともに、

  幸せだった日々に巻き忘れた時計が今、



  止まった・・・・・・・・・・。

                                   <了>

というわけで『僕らの部屋の法則』、3/1より開始し9/15まで、4章×9話=36話を6ヶ月半をかけ、ここに完結いたしました。
どうせなんで、ここでいろいろ暴露してしまいましょう
この『僕らの部屋の法則』というお話、2005年3月1日~2005年9月15日の間に書かれたお話ではありません。
今から10年ほど前に書かれたお話です。
さらに、ひとりで書かれたお話ではありません。
各章毎に書いてる人が違います。つまり、4章ありますので4人の人が代わる代わるに交代してひとつのお話を完結させた物なんです。
俗に言う「リレー小説」と言われる物で、物書きのはしくれ共が週末道楽として一本のお話を作りあげる、オアソビみたいなもの。
前の人はたくさんの伏線を張り、話題の種をまくのだけれど、それらを使うかどうかは続くそれぞれの執筆者任せ。
上から下まで流れを組み立てられない分、己の担当章に目一杯の個性を詰め込み、自己表現するしかない。
これをやるにあたって、首謀者である第1章担当は、他の3名にこう言い放ちました。

「次のヤツを困らせろ!」

一見めちゃくちゃな感じですが、ある意味的を射ています。
困らない文章、それは差し障りのないのっぺらぼうの文章。
のっぺらぼうの文章には個性も力もありません。個性も力もない文章は次の執筆者も話は繋げやすいです。でも、物語としての力は先細り。最終章にたどり着く頃には、お話を結ぶだけの力すら残っていないでしょう。
困らせると言うことは、活力を与えると言うことなんです。
困ると言うことは、そこには問題がある。問題があるということは解決するために力を注ぐ。力を注ぐと言うことはそこに物語としての力の塊ができる。物語としての力の塊ができると言うことは、バトンを受けたときよりも衰えず増幅された物語力が次の執筆者に受け継がれる。そして繰り返すように増幅された物語力からさらに大きな困難が産まれる・・・・・
多くの人達が少しの力と個性を出し合い、ひとつの物語を作る。
繋いでいこうという気持ちと己の個性が出ていれば、稚拙でも文才が無くてもいいんです。次を困らせることが物語力を高めることになりますから。

最後に、もうひとつ暴露しておこうかな。
もしかしたらこの物語、既に見たことがある人がいたかも知れません。
これが書かれた10年前、この『僕らの部屋の法則』は、本になってドロップされていますから(^^ゞ
どうやら首謀者が自費出版し、どこかの集会で売っていたらしい。。。
てなわけで、知らないところでヲタでびゅーもどきをさせられていたのだわ(*_*)
ま、名前は完全なる偽名だから良いんだけどさぁ~(--ゞ
  人が人であった最後の日、

  僕は響を愛した。


  僕が人であった最後の日、

  僕はセリカを愛おしんだ。



  そして、

  子供の頃に読んだあのおとぎ話とともに、

  幸せだった日々に巻き忘れた時計が今、



  止まった・・・・・・・・・・。

                   <了>

(あと、〇・四〇一切り上げ時間です)



 神さま、どうかこの僕を殺して下さい。

 そして地獄の業火で焼きつけた永久に消えない罪と罰の烙印を押して下さい。

 ああ・・・・・神様





 シネヨオマエ、シンジマエ





 人は死ぬ前に一度だけ、昔読んだおとぎ話の夢を見るという。

 それはとても優しく暖かく、残りわずかな一生に深く刻まれることだろう。



(あと、〇・〇〇・・・・・時間切れです)

ここは東京駅。
電車の乗り換えで降り立ったんだけど、出発時刻までまだ時間があるので、新幹線改札から在来線側へ出てみることにした。
以前勤めていた会社では、部署的な関係で東京の元請けさんのところへよく伺っていたので、東京駅やその近辺、そして新橋、お茶の水、新宿あたりを良くうろついていた。
でも、職も変わり、東京出張もなくなったため、ここしばらく・・・4年くらいかな、東京駅は新幹線改札より外へは出たことがなかった。
出てみて思ったこと、それは


変わった!


なんか色々とお店が増えた。
ちょっと小洒落たお店もあるし、紳士用品を売る店もある。
そういえば、数年前に来たときも、なにやらいろいろ工事をしてたなあ・・・

で、ふらふらと構内を歩いていると、丸の内北口の近くにこんな店を見つけた。


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ホームメイドカレーTIME

コレ見たとき、6年前の記憶が一気に戻ってきた。
確か6年前、ここでカレー食べながらビール呑んだ・・・名古屋のマコさんと。
8日間で5日徹夜したハードな一週間の締めくくり、それがお台場BBQオフ。
それに参加するために、前日の夜行列車、それも満席で座る場所が無く、立って新宿まで行ったんだ。
で、待ち合わせの銀の鈴でこれまた夜行で来ていたマコさんと合流し、馬話を弾ませながらカレー食べて一足早くいっぱいやったんだ・・・この店で。
トモさん。。。ふぁび。。。ぜろ。。。きんたん。。。すさ。。。すず。。。keiちゃん・・・まだまだ一杯いて書ききれないや。。。
年齢の幅も広かったなあ。下は14歳、上は33歳。親子ほど年が離れてる。
中学生だったkeiちゃん、もう二十歳かあ。
マコさん、もう四十路手前じゃんw
そういうσ(^-^)も6歳年を取ったけどね(^^ゞ

これだけじゃない、インターネットでは色々な人と知り合い、呑み、語り合ったなあ。。。
ソニーの気のいいあんちゃん、エラくイイトコのお嬢さんだったフジ社員、愛馬で中央競馬出走を果たした地方競馬の馬主さん、某PC雑誌のエディターさん、後に誰もが名前を知ることになる某IT社長、フリーのライターさん、メチャメチャ頭のいい中学生、馬好きなラテ欄屋・・・数え上げればきりがない。

ネットだと越えられない壁、リアルだと越えられない壁、そういう物があるけど、インターネットから始まる関係って、リアルの関係よりもちょっとだけ深いところに一本線が繋がるんだよね。
うまくいえないけど、リアルにはない繋がりとうち解け方をする感じ。
今ここ、このblogで色々な人と交流があり、色々な話をしている。
それもあと数年したら、こんな感じで思い出すことがあるのかな・・・・

そら


宇宙が見える・・・

青空はそのまま宇宙につながっている。
雲ひとつない空。
たぶん、σ(^-^)がみる最後の夏空。

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まだ暑く、残暑、残暑と言われてはいるけど、自然は正直。
大地は黄金色に染まり、大空にはつい最近まで我が物顔で飛び回っていた蝉達に代わり、秋の使者赤とんぼがゆらゆらと飛んでいる。
遠い昔、まだ子供だった頃、部活帰りに通るバックネット裏、たくさんの赤とんぼが飛び交い、時にはネットに留まる、そんな風景を毎日なにげなしに見ていた。
あの時の赤とんぼ、茜色に染まった空よりももっともっと赤かった、そんなようにおもえるのって、思い出というものが、時とともにセビアがかっていくからなのかな。。。
今日はちょっとマジメな話。

まあこれだけ話題になっているので知らない人はいないと思いますが、9/11に衆議院選挙が実施されます。

今回の選挙は争点が郵政民営化だと言われていますが、それだけではありません。
マスコミや一部の人にのせられてそう思い込んでいる人も見受けられますが、実際世論調査でも多くの人が争点はそれだけでないことを認識されているようです。

でも、それぞれの政党が何を公約として打ち出し、選挙戦を戦っているのか、それを正しく理解するにはちょっと大変。
各政党が配布しているマニフェストの冊子も、事務所に行ったりしないともらえないし・・・
σ(^-^)もそのあたりが面倒だなって思ったので、こんなサイトを探してきました。


政党別マニフェスト比較


今回の選挙、たぶん今後10年近くの日本の形を決める選挙になると思います。
日本を取り巻くいろいろな懸案事項の多くが、既に待ったなしの状態になっていますから。
だからこそ今回の選挙は有、権者であるσ(^-^)達ひとりひとりが、未来を、そしてその先を生きるσ(^-^)達の子供のためにも、誰かや何かに流されるのではなく、自分で考え、自分で決断し、一票を投じることが大切なんだと思います。
もしたとえ考えた結果投票に値する人物や政党が無いと判断しても、それは自分自身で導き出した結論です。堂々と白票を投じに行きましょう。
白票だって立派な意思表示です。

稚拙でもいい、解らなくてもいい、とにかく流されず惑わされず、自分自身で決断することが一番大切なんだと思います。