最近の映画とかアニメを見ていると、バトルシーンでの情報量の多さについていけない。
想像だが、作り手がゲーム世代なんだろうなぁ〜って思う。自分はゲームは、プレステ1で終わってしまったから時々見るゲーム画面での情報量の多さについていけない。
こういうのって一種の鍛錬だから、ゲーム世代には今の情報量がちょうど良いんだろうと思う。
ハリウッド映画のヒーロー物とかも、本当に細かい所まで映像として作っているが、正直言って自分には処理できない。だから、本当に大事な所も細かい所に気を取られて伝わってこない。
なんか昔のアニメは、かなり情報を間引いていた。そもそも作り込もうとしても、そんな予算がない。ガンダムに関する回顧動画で安彦良和氏が話していたが、宇宙戦艦ヤマトを基準にすると、ガンダムは圧倒的に低予算の作品だったらしい。ヤマトがグレーに90色ぐらい使えたのに、ガンダムは全体で90色しか使えなかったらしい(笑) それぐらい低予算の作品だった。
今は、CGで作れるから、細かい所まで作り込めるという技術的な進歩もある。
ただ、色々と考える所もある。
予算による技術的な縛りが強いと、逆に引き算の美学が働く。本当に伝えたいのは何なのか?という極限まで削ぎ落とすことで生まれる美学がある。
例えは悪いが、ギターのアドリブで、自分は師匠に意味がない音を弾きすぎているから、極限まで音数を減らして、本当に大事な音だけを弾く練習をしろって言われた。それが出来てから、音を増やせと。だから個人的には情報の引き算があんまり悪いとは思っていない。本当に伝えたいことを、昔のアニメはCG技術も無い、予算も無いから、削りに削って絞り込んだ強さがあるのかな?って気は少ししている。
ただ、自分の意見もかなり適当だ(笑) 自分は呪術回戦のアニメが好きだが、あれは情報量はかなり多いんだよね(笑)
子供の頃は、鳥山明先生や桂正和先生のスタイリシュな絵が好きだったが、年齢を重ねると手塚治虫先生の描く所は圧倒的に細かく描くが、それ以外は漫画的表現を使うっていう表現の合理性と良い意味での漫画的な表現が好きになっていったから、人間の好みなんてコロコロと変わるもんだなって自覚はしている。

