レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -859ページ目

ツワモノ、登場!

長男が、朝からバタバタと何やらデイバッグに詰め込んで出て行った。


どこに遊びに行ったのかと、家内にたずねたら、叔父宅に勉強をしに行ったという。


叔父宅は夫婦で学習塾をしている。時々、その子どもや孫まで臨時講師に駆り出されている。



うちの家から叔父宅までは50Kmほどある。



長男はその距離を自転車で通っている。




ウソである。




通勤時間を微妙に避け、ゆったり電車で通っている。



今日は、東京からユウマ(従妹の長男)が帰って来ていて、叔父の家にいるというので、喜んで出かけていった。


ユウマは東大寺学園というところから東京の国立大学に入ったツワモノである。


そんなすごい経歴をお持ちの諸氏も多かろうけど、僕には、現実離れした世界だ。


ユウマが小学3年生の頃、その頭脳はすでに開花の兆しを見せていた。


算数、いや数学に至っては、僕はユウマに完敗していた。


小学生に負けるなんて・・・ナニワの神童と呼ばれていた僕は悔しさに打ち震えていた。



ところが、ユウマが5年生になって間もなく、電話をしてきた。


僕に教えてほしい事があるので、ご足労だが出向いてくれないだろうか、というもの。


叔父、叔母より、僕に教わりたいんだね。


よしよしかわいい奴よ。出向いて進ぜよう。


で、なにか、教わりたいのは数学かえ?



僕は上機嫌で、家内と長男を連れてユウマに会いに行った。


家に着くと、リビングがきれいに片付けられ、一面に布団が敷き詰められていた。


僕は、「一体、どうしたん?」と、その母親つまり従妹にたずねた。


従妹は「えっ、ユウマから聞いていないの?」と。


僕は「教えてほしい事がある、と聞いてきたけど・・・教科は聞いてない」と。


何か妙な按配だ。どう考えてもこの布団は違和感がある。


よくよく聞くと、ユウマは体育で後転ができない。


どう足掻いても赤ん坊のオムツ替えの格好でとまる。


で、僕が教えに来るという事になっていたらしい。


ユウマは、にんまり笑っている。やられた。



僕は、高校時代、剣道を捨てて、新体操部という超マイナーなクラブにいた。


はずみでインターハイにも行った。


ユウマは何かの折にその事を小耳にはさみ、今回の大作戦を企てたらしい。


ちょっと冷静に考えたらわかるわなあ。僕が愚かだった。


家内は、ずっと笑いっぱなし。長男もみんなが笑うので、一緒になって笑っている。



あ~、そうですか、僕が教えるのは、頭脳がいらないものですか~、


へいへい、ようござんしょ・・・


開き直った僕は「おいユウマ、一回後転やってみい」と、鬼コーチのように言った。



ユウマのその如何ともしがたい格好をみて、ダメだこりゃ、と僕は思った。


僕が後転をしてみせると「おお~」と歓声が飛んだ。


後転で歓声をあげる連中は、世の中ひろしと言えども、そうそういない。


それでも、少し気をよくした僕は、ユウマに手のつき方、その位置、


どこに力を入れ、どの時点で足を引き上げ、腕を突き上げ、頭を抜くのかを説明した。



ユウマは、少し考えて「分かった。ここを支点とした場合、ここが力点、


ここが作用点という風に考えられる」と訳の分からないことを言った。



僕は「理屈やない。何度もやって、体で覚えるんや、分かったか。


後転は涙と汗の結晶や」とスポーツマンらしく言った。



ユウマは「涙と汗で結晶をつくるのは、いささか難しいです」と言った。



おのれ、ナニワの神童と呼ばれた僕を・・・あれれ・・・



ユウマはすんなり後転をしてしまった。