レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -46ページ目

時の流れについてグダグダ思う

何かあっという間に、師走に入り、それももう1/2が過ぎた。

きっと、あっという間に正月だと言っているのだろうなあ・・・

一体全体、この時の過ぎゆく速さは何なのだろう?

店の方はかつてない忙しさで、右往左往している間に一日が終わっている・・・それは自分の要領が悪いだけか・・・

まあ、そういった事も時間の感覚を狂わせているのかな? と思う。

今日も知人が、年と共に時間の経つのが速く感じると、言っていた。実際、僕もそうだ。

それは、海馬が関係していると、何かの本で読んだことがある。

「新しい記憶」は海馬に、「古い記憶」は大脳皮質にファイルされるらしい。

新しい記憶もウダウダ言っている間に古くなる。

という事は、海馬にあった記憶も追いかけ大脳皮質に移動する訳だな。

子供時代は、日々新しい経験をするので、海馬は活発に働く。

年と共に新しい経験が減り、海馬の働きが緩やかになる。

兎も角、そうして海馬の働きが鈍くなると、時間の経過が早く感じるらしい。

記憶する為の時間がスコンと抜けるので、時の流れを早く感じると言うことなのかな?

えぇ〜と、海馬がうまく機能しなくなると、新しい事が覚えられなくなるのだよな。

という事は、頭の中は古い記憶だけになってしまう。

それは時の経つのが早い遅いの問題じゃなく、時間の観念がなくなるという事じゃないのかな?

大体、時の流れの速さと言うのは、概念的なもので、その人が速く感じるのなら速く、遅く感じるのなら遅いという事で良いのじゃない?

それに物理的にいう、相対時間と絶対時間、どちらが正しくても構わない。

それはこの地上にいる限り、目に見えない程の誤差だと思う。

それでもどちらかを選べと言われれば、僕は相対時間を支持したい。

光が湾曲するように、時間も歪むと思っている。

まっ、いいや。

話は止めどなく与太話になってしまっている。

僕は昔から、ちょっとした事がきっかけで、どうでも良い事をあーだこーだと考えてしまう。

そう言いながらも、天を仰ぎ、神前に首を垂れ、仏前に手を合わせ、一年無事に過ごせた事を感謝している。

ひと足早いが、皆さま良いお年をお迎えください。