レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -450ページ目

ア・チェンジ・イズ・コナカム

花粉症がひどく、どうも気持ちが内側へと向く。

こういう時は苦渋に満ちた気持ちに鉛の重りをつけ、

心の奥底に沈めてしまいたくなる。

僕は目を閉じ、闇の中に消えていくモノを想像する。

やがて、決まりごとのようにやつらの代わりに

沈殿していた言葉のかけらが少しずつ浮かび上がってくる。

僕はそのかけらたちを丁寧に拾い集め、組みたてる作業をする。

だからと言って、お読みになる方が腕組みをして、

沈痛な面持ちでお読みになる事もない。

その言葉たちは、まだ僕の中にある。

そんな事を考えるのは、

1冊の本が手元に舞い戻ってきたからだろうと思う。

いつとはなしに書棚から消え、

何かの弾みで、また手元に戻ってくる。

その本を最初に読んだのは大学を出てすぐの頃だったと思う。

殆ど、理解できなかった。

「二十歳の原点」という本だ。


二十歳の原点 (新潮文庫)/高野 悦子

¥452
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読み進む程に袋小路に入り込む。

出口のない本は読むべきではない。

2回目に読んだ時の感想だ。

何度目になるのか、こうしてまた読み返している。

著者の高野悦子氏は、僅か二十年間という短い人生を自ら閉じている。

常に自分とは何かを模索し続け、

生きる意味を透き通るような眼差しで問い続けている。

二十歳という若き人が、

ここまで深淵ともいえる言葉を操ったのに僕は驚く。

僕が二十歳の時といえば、バイトと飲み会に明け暮れていた。

それでいて、みんなその若さが持つエネルギーに戸惑っていたような気がする。

ほとばしる彼女の言葉は、

救いのないものをさらに救いのない所へおしやる。

だけど僕は彼女の彼女自身への辛辣な言葉にどこか惹かれる。

少し角度をかえてみれば、それは生きる力となっただろうに。

彼女に聞かれると「そんな次元の問題じゃないのよ。うすらトンカチ」

と、言われるだろう。


読み返す度に、僕は不思議とそこから生きるエネルギーをもらう。

絶望的な日記から生きるエネルギーをもらう。おかしな事だ。

『長い、長い時間がかかった
けれど僕には分かる、変化が訪れようとしている そうなんだ』
サムクックはそう歌っている。




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