レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -344ページ目

豊かさとは何か?

スマホの調子が良くない。

数ヶ月前から容量不足とかでアプリの更新ができなくなった。

面倒なのでそのままにしていたら、

先日からメールの送受信が出来なくなった。

そしてついに電話も出来なくなった。

まるでモックアップを持ち歩いているようなものだ。

一昔前でいうならゴムの切れたパンツをはいてるようなものだ。



そんな訳で家内の買い物に付き合い、その足で携帯ショップに行った。

雨の中、小走りに店内に入ろうとしたら、

ぐわわわ~んと大音響が・・・

自動扉が開くのと体を滑り込ますタイミングがちょっと違ったようだ。

僕はガラス扉に肩タックルし、よろけながら店内になだれ込んだ。

入り口近くにいたスタッフが「大丈夫ですか」と笑いながら言った。

僕はにっこり頷いた。そして自動扉に向かい

「よ~し、今日はこれくらいにしといたろ」

と、肩を回しながら言った。

すでに家内は他人のフリをして、

展示されている携帯を見に行っている。

兎も角、順番を待ちスマホの状態をみてもらったら、

容量不足を解消する手段はなく買い替えるしかないと言われた。

もう2年ほど使っているので、珍しくない症状だそうだ。

2年ほどしか使えない機器ってどうよ?

10円や20円のオモチャじゃないでしょうが。

パソコンだってもう少し使える。

そんな事が頭を過ぎったが、

勿論、そんな事は口にしない。

言った所で詮無いことは言わない。

結局、急遽買い替えることに。

結構ポイントとかいうものがたまっていて出費も少なく

新プランとやらで以後の費用も若干お安くなるようだ。

それはそれでよかったが、

一つのものと長く付き合えず、或いは付き合わず

次から次に買い替えるのが当たり前のような社会。

それを豊かな社会というのだろうか?・・・

稚拙な頭はこんな事を思う。

1960~1970年代は『豊かさのための社会』だった。

豊かさのための社会は、より多くモノを持つことが豊かさの定規だった。

やがてどれだけ持てば豊かなのだろう?

いつまで持ち続ければ豊かといえるのだろう?という疑問が生まれた。

『豊かさの中の社会』の始まりだ。

経済不況が混沌を生んでしまっているが、

僕たちは豊かさとは何だろうかを、

考えながら動かなくちゃいけないのだろう。

レイモンド・チャンドラー風に言うと、

僕の仕事の仕方は、僕なりの戦いかたなのだ。


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