レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -301ページ目

温かい人々

成穂堂は古い町の端にぶら下がるようにある。

そのせいかまだ農家もあり、米等は小売店ではなく、

農家から直接分けて貰う事も少なくない。

うちはお世話になっているブロガーさんを通じて分けて頂いている。

野菜や果物に至っては、しょっちゅうあちこちから頂く。

おかずものやおやつも、なんやかやと頂く。

そんなこんなで、食費に関しては随分助かっている。

・・・まあ、そんな事はよいか。

かと言って、これから書くこともどうという事もない内容だ。



昨日は少し寒さも穏やかで、年配の方達が散歩をする姿を多くみた。

夕刻、ご近所のじいちゃん、ばあちゃんが

三々五々に店に集まって来て、井戸端会議が始まった。

河内弁と泉州弁が混ざったような独特の言葉をつかわれる。

堺弁とでもいうべきものがあるのかも知れない。

上品な言葉ではないが、何とも温かみがある。

時々、言葉の意味が分からず、聞き直す事もあるが、

だいぶ理解できるようになった。

この土地に来るまで、同じ大阪なのに

言葉づかいがこんなに違うなんて思いもしなかった。

話の途中で、一人のおばあちゃんが戸締りを忘れてきたと言った。

「道路向かいにおるだけやさかい大丈夫やわな」

「まあ、えろう遠くやないさかいええけんどな」

「昔は家のカギ、掛けたことなかったで。

時代も変わったもんやな」

「そやな。知り合いの家やったら勝手に上がり込んで遊んだもんや」

「そやそや。おかあはんが、人が訪ねて来たらあかんさかい

カギ締めたらあかんと言うてたな」

「ほんまや。カギ掛ける言うたら、泊まりがけでどこぞへ行く時だけや」

「わての家なんか、夏場は拳二つぶんほど玄関扉開けたまんま寝るんや」

僕は「えっ、何でですか?」と。

「ツバメやがな。土間の軒に巣をつくるさかい、

出入りがしやすいように一日中開けたらなあかん。

まちごうて、閉めて寝てしもうたら、

朝はようから、部屋の中、ツバメが舞いようるがな。

せわしのうて寝てられへん」

おばあちゃんは、アハハハと笑った。

おばあちゃんは続けた。

「ツバメが巣立つ日は、そら不思議やで」

「何かありますか?」と、家内が興味深く聞いた。

「必ずな、大安の日を選んで、巣立って行くんや。そらあ、不思議やで」

「一回だけ仏滅の日に巣立った事があってな、

『おとうはん、へんな日に巣立ったで』と、言うたら、

『戻ってきよるわな』と、おとうはんが言うねん」

まわりのみんなは頷いた。

「ほなら、ほんまに戻ってきたねん。ほいで、翌日巣立ったがな。

これだけは不思議でしょうがなかった」

それから、正月の羽子板遊びや、素朴な雑煮、食材にした野辺の植物の話など・・・

その話しぶりから、当時の情景が浮かんでくる。

物資が不足してろくなものがなかったが、

心温かい時代だったとじいちゃん、ばあちゃんは言う。

そんな方達が今も店の近くに多く住んでらっしゃる。

それがこのあたりの温かい空気をつくりだしているのだろう。

僕も少しでもその心を引き継ぎたいと思う。


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