レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -274ページ目

郷愁

本格的に実家の整理に取り掛かりはじめた。

見慣れた部屋。

目を閉じても、どこに何が置かれているか分かる。

普段開けていなかった押入れやら物置をのぞくと、懐かしい品々が出てくる。

僕が子供時代に遊んだ玩具も

丁寧にビニールを被せて置いてあった。

それを手に取って見つめていると、

今がいつの時代で、一体自分は何をしているのか分からなくなる。

隣の部屋から、父や母が

「お~い、ケン。いつまでマンガを読んでる。焼き芋が出来てるぞ」

と、僕を呼ぶ声が聞こえてきそうだ。

窓の外をのぞくと、幼なじみたちが家の角から

笑いながら転げ出てきそうな気さえする。

グローブやバットを抱え、

膨らんだズボンのポケットからはカチャカチャとビー玉の音がする。

やがて、玄関扉を無造作に開く音がして、

「ケンちゃ~ん、あそぼ~」と、懐かしい声がする。

「ちょっと、あがっていきや。焼き芋があるで」と僕。








「Kenさん、これどうする?」

背中から家内の声がして、僕ははっと現実に戻った。

家内がにっこり笑って言った。

「旅にでてた?」

僕は頷いた。

目の前には、役目を終えた家具たちが、静かに眠っていた。

我が育った家が取り壊されるというのは、

想像以上に堪えるものだ。

今の今まで、僕は実に淡々としていた。

そして、作業も淡々と進むものと思っていた。

唐突に、「家というのは単に寝食の場ではない。

かけがえのない思い出たちが、ぎっしり詰まっている場所なのだ」

と気がついた。

僕の育った地区は大規模な再開発が入り、その中心部は殆ど元の形跡を残していない。

こ洒落た家が建ち並び、高層マンションが天に突きだし、整備された緑地が点在する。

見慣れた駄菓子屋はコンビニにかわり、銭湯のあとは、駐車場になっていた。

よく通った散髪屋のカタカタ回る赤と青の看板は外され、

カット&ビューティー○×という木目調の看板にかわっていた。

悪がきと呼ばれた僕たちの隠れ家はもうない。



一通りの段取りがつき、帰途につく時、ばったり幼なじみに会った。

お互い、びっくりして「うわっ」と。

で、理由もなく、ケタケタと笑いあった。

彼女はまだ、この町に住んでいるという。

そして、「随分町も人も変わってまった」と。

彼女は少し寂しそうだった。

そして別れ際、「ねえ、小学校への通学路、まだ残っているよ」と、その方向を指差した。

僕は「そうか、またな」

と、言って車に乗り込み、通学路をゆっくり走ってみた。

通学路はびっくりするほど幅員が狭く、いつの間にやら一方通行の標識が立っていた。

よく遊んだ路地裏は猫の額くらいにしか見えなかった。

子供の頃は、とても広く感じていたのに・・・

きっと、夢がいっぱい詰まった場所だったんだ。

みんなどうしているのだろう?

どこかの空の下で、あくせく生活をしているのだろうか?

それとも、昔を懐かしんで流れる雲を見つめているのだろうか?



その夜はなかなか寝つかれなかった。

どうも心を少年時代に置いてきてしまったようで、

スマホをみても本を開いても、ザワザワと気持ちが落ち着かない。

ふと「郷愁」とはなんて物悲しい響きなのだろうと思った。

妹が逝き、父が逝き、母がグループホームに入所した。

父と母が夢と希望に満ちてつくった家族は消え、

僕がそれを引き継ぎ新しい家族をつくっていく。

やがて、我が子がまた新しい家族をつくるだろう。

きっとそれでいいのだ。

うん、それでいいのだ。