二男の旅、その2。道路は続くよ、どこまでも♪ | レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々

二男の旅、その2。道路は続くよ、どこまでも♪

三週間ほど前の事・・・

二男からマウントシャスタに戻ったと連絡があった。

その道程を聞くと、知人宅(レイクシャスタ)を出立してサンフランシスコでニ泊。

サンフランシスコでは無人タクシーに乗ったと喜んでいた。




その後サンタ・バーバラで一泊。




奥様の出身大学も見学。




そこは「天国に一番近い大学」と呼ばれるほど美しいキャンパスらしい。

そこからセコイヤ国立公園を横目にヨセミテ国立公園まで走り一泊。






その翌日、いっきにレイクシャスタまで。

移動距離2,400Kmだって。

お時間のある方は、Googleマップ上を走ってみて。

Geminiに聞くと、北海道最北端から沖縄県那覇市あたりまでが2,400Kmらしい。

いくら日本と道路事情が違うと言っても、その距離を車で走る気にはなれない。

話は逸れるが、知人は2021年、自宅から東海岸デイトナまで、カーレースを見に行っている。

それも車で。まさにアメリカ横断。

走行距離9,000Kmという途方もない距離を一人で走破した。

さすがに奥様は飛行機で行かれて、現地集合。

途中、観光をしながら、一ヶ月の旅だったらしい。

往時、ニューメキシコ州でコロナに罹患するというハプニングに見舞われている。

それにもめげず、無事目的地に到着し、カーレースを楽しんだ。

これがアメリカ感覚というものなのか?

知人がとてつもない体力と精神力の持ち主だという事か?


話は戻る。

二男も2,400Kmの車旅は流石に疲れたと。

こうして二男のアメリカ滞在の前半が終わった。

後半はポートランドの知人の友達のお宅へ。

そこからシアトルへ向かい、何泊かするらしい。

社会に出てから、こんな経験が出来る事もそうそうないと思う。

僕の若かりし頃、やっと終身雇用が崩れ出したか?といった社会風潮になりつつあった。


でも、まだまだ正規雇用されないと不安が過ぎるような時代だった。

それだけ企業優位の社会だった。(今も似たようなものなのか?)


僕がいた企業は、まだ居心地の良い方だったのかも知れない。

僕は店舗責任者として、何店舗かの面倒を見させて貰ったが、どの店舗でも結構自由にさせて貰っていた。良い仲間にも恵まれた。

それでも、何かにつけて縛られている感覚はあり、いつまでもサラリーマンを続ける事は出来ないだろうと思った。

役員から本社勤務の内示があった時、今辞めないとえらい事になると思った。

デタラメな仕事しか出来ない自分の事は良く分かっていた。


今の時代は僕の時代とは違い、様々な働き方が出来る。

・・・当時も様々な道があったのだろうが、今よりその選択肢は確実に少なかっただろうし、僕には考えが及ばなかった。・・・

二男は大学卒業と同時に、PC片手に仕事を始めた。

上手くやっているのかどうか知らない。

だけど、日々生き生きとしているのを見ると、これからも思うように生きていきなさいと思う。

多分、僕も思うように生きて来た方ではあるのだろうけど、生きる為に働いて来たという面は否めない。

知人夫妻は、僕のようなせせこましい世界では生きていない。

気が向けば、世界のどこへでも気軽に出かけていく。

物事の捉え方、人生観そのものが大きく違う。

そんな生き方を少しの間でも垣間見るのは、二男にとってとても大きな宝になるはず。

そして、今回二男が受けた恩恵は次に引き継がれるはず。

僕は、こうして違う世界を見せてくれた知人夫妻に感謝しかない。