愛しきものたち | レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々

愛しきものたち

自宅を出て門を曲がった所で、ご近所の奥さんとぶつかりかけた。

お互い笑いながら「あっ、こんにちは。びっくりした〜」と。

いつもなら、それで終わり。

今日は行き去ろうとする僕を呼び止めて

「あの、お世話になりました。今日、引越しするんです」と、仰る。

唐突な言葉にびっくりした。

成穂堂一家が堺に来て、23年。

ほぼ、うちと同時期に引越して来られたご家族で、自治会の役回りが同年だった。

特に親しいという事もなく、普段ちょっとしたご挨拶を交わすといった感じのお付き合いだった。

お互い自営業で忙しく、そんなに顔を合わすという事もなかったが、見慣れたご家族だ。

お孫さんも出来て微笑ましい姿をお見掛けもする。

いざいなくなると思うと、結構寂しい。

店に着いて仕事を始めても、しばらくその寂しさは消えなかった。

そんな意外な気持ちに、自分ながら驚いている。


話は変わるが、つい先日の事。

少し事情があり、自宅にあった金のなる木を、一時店の軒先に持っていく事になった。

堺に引越してきて間もなく、苗木のような小さなものを買ってきたのだが、随分大きくなっている。

何度か鉢を変えてやったが、いつの間にかその成長を気にも止めなくなっていた。

店に置いて数日後、その木を売って欲しいと言うお客が現れた。

申し訳ないが売り物ではないと、お断りした。

その翌日、違うお客に、またその木を売って欲しいと言われた。

やはり、お断りした。

改めて見ると、太い幹に青々とした葉をつけた立派な木になっている。

そして寒い寒い時期に、花を咲かせ始める。

誰にかまわれなくても、只々、こうして黙々と生きてきたのだな。

いざ、売って欲しいと言われ、それはうちにとってとても大切な存在だったのだと気がついた。

きっと、普段あまり意識していないけど、

健気なほどひたすらに生きているものたちがいる。

ひょっとすると、届かない声でいつも僕に語り掛けていてくれるのかも知れない。

失って初めて彼らが与えてくれていた温かさに気づいたのではいけない。

古来、人はあらゆる物に神や魂が宿ると信じ、崇めてきたはずだ。

謙虚さと感謝を忘れた人間はだめだよな。

思わぬ事が、大切な事を思い起こさせてくれた。