三男に思う
ブログに限らず、物事というものは一度遠ざかると恐ろしく遠ざかるものだ。
このブログを始めた頃と仕事事情が随分変わり、
なかなか記事更新も出来なくなった。
そうかといって、これまでお読み頂いてきた皆様に、「ではこれにて」というのも、ちと寂しい。
時折になるが「元気でやってますよ」と、いう事くらい、書いていきたい。
さてさて、受験生、そして親御さん、その関係者の皆様、ひとまずお疲れ様でした。
少し凝り固まった精神と体を休めてあげて下さい。
先日、仕事先の大先輩が用事ついでにちょっと顔を出すと、店にいらっしゃった。
暫く雑談をした後、お孫さんが退職を考えていると仰った(多分、退職するのだろう)。
お孫さんは、去年、有名大学をトップクラスで卒業し、有望企業に入社なさっていた。
まわりからみると、充分な待遇でなんで?と、思う。
それはまあいいだろう。
では何をやりたいのか?というと、もう一つ考えがまとまらないようだ。
そんな事でやめてどうするよ?と思うが、実際、人の行く道なんて、そんなものだと思う。
やりたい事が見つからなくたって、やりたくない事はやりたくない。
それを一概に得手勝手とも言えない。
足掻き苦しんで天職に辿り着く人もいれば、すんなりと天職を掴む人もいる。
何も好きこのんで苦しい経験をする事もないが、
そうもいかないのが人生というもののようだ。
今回のような大先輩のお話を聞くと、どこの高校に通った、ここの大学を出たなんて、大した事ではないな、と思う。
そんな所に人の幸せなんてない。
仮に、志望校に入れなかったとしても、それは人生においてマイナスにはならない。
僕など高校受験から今まで、数え切れないほど、穴ぼこに転がり落ちている。
だけど、こうして面白おかしく生きている。
しっかりと作り上げられたシステムの中で、規則正しく生活をなさっている方から見ると、
よくそんなデタラメな生き方が出来るものだと、溜息をつかれるだろう。
そんな事を言われてもなあ、と頭を掻き掻き、
僕はやはり、自分の性に合った道を選ぶだろう。
乱暴な言い方だが、最後に行き着く所は皆同じだ。土に還っていく。
それなら「なかなか面白かったわい」と、思いたい。
うちの三男坊もこの春から高校に通う。
三男は自転車通学が出来る事を第一に考えていたが(ものすごく安易な奴だよなあ)、
思い掛けない高校名が候補にあがり、呆気なく受験が決まり、あとは流れに乗るように入学が決まった。
縁とはそんなものだと思う。
僕は三男にどの学校に通ったかよりも、どんな人と関わり、生き方を考え、縁を得たかを大切にして欲しいと、思っている。
三男よ、君の行く道は希望へと続く!