夢という不思議なもの | レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々

夢という不思議なもの

「鏡に映っている自分を、よ~く見るんだね。それが旦那ですよ」

鏡の中のインコが、しゃがれた声で言った。

「このしかめっ面の男が僕?」僕は、鏡を覗きこんだ。

鏡の中の男も、こちら側を覗きこむような格好をしている。

インコが、

「現実というのは、全て旦那が作り出しているものさね。

旦那は笑おうと思っているだけだから、鏡に映る旦那は笑っていない。」

「でも、人というのは、何かを決心する所から徐々に変わっていくものだろ」

「だから、旦那は変われない」

インコが、器用にパイプをくわえながら言った。

「言っている事が分からない」

そこで、目が覚めた。

時計を見ると、朝の5時だった。

やけに頭がはっきりしていて、それ以上眠れそうになかった。

見た夢のことはなぜかよく覚えている。

きっと、僕は眠りが浅いのだろう。

精神衛生上、好ましくない事だと思う。



僕は、ごく稀にこのような啓示的ともいえる夢をみる。

啓示的な夢を見るとき、まわりの風景はいつも同じだ。

海岸線のような所に、延々と続く階段状のボードウォークがある。

僕は、海を背にしてボードウォークに立っている。

目の前の相手は、ネコだったり、インコだったり、ヘビだったりする。

前回このような夢を見たのは1年以上前だと思う。

その時の話し相手は、銀色になびく髪の毛を持つ少女だった。

毎回、姿も声音も変わるが、目だけは同じなのだ。

あれは一体、誰なのだろう?

目が覚めるのは、必ず夜明け時だ。

そして、数日間はその夢の意味する所を考える事になる。

まるで、三文小説でも読んでいるような気分だ。

その後、何かが変わるという事もない。

日々の喧騒に紛れて忘れていく。

そして、また忘れた頃に何とも不思議で啓示的な夢をみる。



見た夢について、

あれこれ思索する僕もおかしな人間だと思う。



夢というのは、つくづく不思議なものだ。

ひょっとすると、人というのは、

全ての答えを自分の中に持っているのかも知れない。

その一つのメッセージが、夢として現れていたらどうだろう?

そう考えると、自分を信じて動くと、それこそ夢は叶うものになる。


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