絶版マンガ出現す!
自宅にはウォークインクローゼットという
名前だけシャレたスペースがある。
要は、ちと大き目の物置だ。
これが曲者である。
どんどん、モノを放り込むものだから、
完璧にゴミ溜めと化している。
この状況を直視すると、
「断捨離」という言葉が頭を過ぎる。
「断捨離」とは、捨てることで、モノへの執着から解放され、
身軽で快適な人生を手に入れようというものらしい。
心のお片づけもして、
ストレスなき人生を楽しもうという事なのだろうが、
僕にはどうもそういう高尚な事は出来そうにない。
僕は、何でもそうなのだが、
ほどほどでよろしおまっしゃろ、と思ってしまう。
何でも大層に取り憑かれたように考えると、
それを待っていたかのように
心の中に頑なにこだわる妖怪が棲みつく。
そんな妖怪に棲みつかれちゃかなわない。
しかし、この物置、流石に片付けなくちゃ始末に終えなくなる。
しっかり片付けて、子供の勉強部屋にしようかという案もでた。
実際、その昔、僕はこの物置を仕事場として使っていた。
しかし、空調の効率が悪いのと、
余りにも手狭なのに閉口して物置に戻した。
そんなこんなで、何にしても片付けようという事で、
2日がかりで、目処がつく所まできた。
そして、こんな本が出てきた。

お分かりになる方はいらっしゃるだろうか?
少年ケニア/山川惣治。1941年アフリカケニアが舞台。
この本は1984年発行のアニメ版である。
原作は数十年遡る。
映画化の際の監督は大林宣彦氏だ。
音楽は宇崎竜童氏が担当している。
では、こちらは、どうか?
昭和23年刊行の初版本を基に忠実に復刻したもので、昭和50年に出版されたものである。

ぱっと見てお分かりになる方はすごい。
よく見るとヒントになる人物が描かれている。
もう少し、画像を引いてみよう。

そう手塚治虫氏の作品だ。
初期はこんな作風だったのだ。
ただ、当時は製版方法が違っており、レタッチマンという存在があった。
このレタッチマンが版に複写するのである。
結果、どうしてもレタッチマンの癖がでる。
どうでもいいことか。。。
兎も角、片づけは続く。

名前だけシャレたスペースがある。
要は、ちと大き目の物置だ。
これが曲者である。
どんどん、モノを放り込むものだから、
完璧にゴミ溜めと化している。
この状況を直視すると、
「断捨離」という言葉が頭を過ぎる。
「断捨離」とは、捨てることで、モノへの執着から解放され、
身軽で快適な人生を手に入れようというものらしい。
心のお片づけもして、
ストレスなき人生を楽しもうという事なのだろうが、
僕にはどうもそういう高尚な事は出来そうにない。
僕は、何でもそうなのだが、
ほどほどでよろしおまっしゃろ、と思ってしまう。
何でも大層に取り憑かれたように考えると、
それを待っていたかのように
心の中に頑なにこだわる妖怪が棲みつく。
そんな妖怪に棲みつかれちゃかなわない。
しかし、この物置、流石に片付けなくちゃ始末に終えなくなる。
しっかり片付けて、子供の勉強部屋にしようかという案もでた。
実際、その昔、僕はこの物置を仕事場として使っていた。
しかし、空調の効率が悪いのと、
余りにも手狭なのに閉口して物置に戻した。
そんなこんなで、何にしても片付けようという事で、
2日がかりで、目処がつく所まできた。
そして、こんな本が出てきた。

お分かりになる方はいらっしゃるだろうか?
少年ケニア/山川惣治。1941年アフリカケニアが舞台。
この本は1984年発行のアニメ版である。
原作は数十年遡る。
映画化の際の監督は大林宣彦氏だ。
音楽は宇崎竜童氏が担当している。
では、こちらは、どうか?
昭和23年刊行の初版本を基に忠実に復刻したもので、昭和50年に出版されたものである。

ぱっと見てお分かりになる方はすごい。
よく見るとヒントになる人物が描かれている。
もう少し、画像を引いてみよう。

そう手塚治虫氏の作品だ。
初期はこんな作風だったのだ。
ただ、当時は製版方法が違っており、レタッチマンという存在があった。
このレタッチマンが版に複写するのである。
結果、どうしてもレタッチマンの癖がでる。
どうでもいいことか。。。
兎も角、片づけは続く。
