秋雨のちシャッツキステ | さむの御帰宅日記

さむの御帰宅日記

ネットの海の枯れ珊瑚のあぶく


 アニメ関連の仕事に手を伸ばせたので、東下り。京都駅まで30分、京都駅から二時間半。品川で降りて、渋谷の取引先へ。道玄坂の会社に用事があったのだが、大雨である。歩ける距離ながら、不案内な道なのでタクシーか。しかし、タクシー乗り場へ行くまでに天然のシャワーを浴びそうである。だから目の前のバスに乗ることにした。スマホによれば、どうやら一駅らしい。そう思って乗ったのに、バス停からは徒歩10分ほどあった。結局、ズブ濡れとなった...。

 次の取引先は秋葉原。末広町へ地下鉄で向かう。会合の場所を確認すると、徒歩5分圏内に私設図書館「シャッツキステ」がある。到着。時計をみる限り、あと42分。迷わずに扉を開ける。見知らぬメイドが笑顔で迎えてくれる。

 不慣れな土地での僅かな憩い。普段から「旦那様」であるせいか、とくに説明されず席へと案内された。単純に見た目がオタクであるせいかもしれない。以前の御帰宅は、2年ほど前だったか。今回で3回目くらい。ちょっと戸惑ってしまう。

「初めてですか?」「あっ、ハイ、何年も前に2回ほど。もう一度説明してください」



 蒸し暑いのか寒いのか、よく分からない天気で迷ったが、冷たい紅茶を頼んだ。カラカラと氷がグラスをくすぐる音と共に、別のメイドが持ってくる。新人さんらしい。メイドたちの雑談を常連らが眺めている。静謐ではないが、穏やかな時間が流れている。ひとくち飲むと、少し落ち着く。

 図書館か、ふと独りごちた。手持ちの身分証の一つに「人文学の院生」がある。だから、図書館には世話になっている。国内最大の図書館は、言うまでもなく国会図書館だ。その次が東大、京大と続く。もっとも、自分の研究分野に関しては、どの図書館にもそこまで資料が揃っているわけではない。だから研究よりは、趣味の古書蒐集で、国会図書館のデジタル・アーカイヴを使うことのほうが多い。

 ざっと書棚を見渡す。中には興味深いものもある。どれくらい読まれているのだろうか。書痴の多くは、大体、所蔵する本の7割を積ん読しているといわれる。無論、全部読んでいる人もある。ぼくはどうだろうか。半分くらいは読んでいる気がする。そういえば「図書館」と名前のつく場所の中で、シャッツキステは、かなりユニークな場所だろう。ぼくもいつか趣味を全部集めて、稀覯本の図書室、メイド喫茶、古書店が一緒になった場所を持ちたい、と思う。

 今回の取引先への挨拶回りは、重要な案件ばかりだ。自覚していなかったが、やはり緊張していた。しかし、「メイド喫茶」に座って、緊張がほどけて来たから、妄想が飛んでいく。ただ、くつろぎ過ぎてしまうと、次の仕事に遅れてしまう。次の仕事に備え、とりあえず腹ごなしと、豆々しい軽食セットを頼み、スコーンも頼む。紅茶をおかわり。美味しい。そういえば、新幹線の中で、おにぎりを齧って珈琲で流し込んだだけだった。温かいチリスープが腹を満たし、よく分からない天気を忘れさせてくれる。うまい。

 スマホを確認する。あと5分。遅れるわけにはいかない。お出かけの時間である。

 会計をしながらメイドさんに話しかけようか否か迷っていたら、ポイントカードか会員カードの有無を聞かれた。「普段、関西にいるので」と断った。いま思えば、作ってもらえば良かったのかもしれない。扉を開けて、外に出る。雨は止んでいた。濡れて冷えた身体が心成しか、軽く感じる。

 関西から約450~500km離れた、いつもの街のいつもの御屋敷ではない場所は、それでも温かく、仕事の合間に憩いのひとときを与えてくれた。私設図書館シャッツキステ、今度は読書をしにお帰りしてみたい。