この御帰宅日記の更新頻度は月二回、隔週程度を考えていた。
が、結局、二ヶ月半も空いてしまった。年始に派手に風邪をひき、軽い気管支炎にかかった。約一か月、ひたすら咳をするか、この春に出版予定の投稿を書いていたので、気がついたら一月は終わってしまった。いたしかたない。
一月。御屋敷の餅つきなど楽しみにしていたのだが願うようには参加できなかった。残念であるが、また来年に期待したい。御屋敷の餅つきといえば、その直後、ぼくは教授より受け継いだ(廃棄処分を承った)書籍類を、実家に保管すべく、ある旦那様に車を出してもらい、深夜、地元へと車を走らせた。同乗するはフランスより来たマチウである。
予想以上の早い再会となり驚いたが、深夜の学内へとバンで乗り込み本棚とドイツ語の辞書を大量に車にのせて出発。つまり家から御帰宅し、御帰宅から実家へ帰宅という意味不明なことになったわけだが、楽しい時間であった。
というわけで、一月は咳をするか、雑誌投稿用の一万字原稿を書いているだけで過ぎてしまった。編集による校正・確定待ちのみの段階になって考えるに、実は、今回の原稿も御屋敷なくしては生まれないものだった。最初期の構想が、一周年記念会の夜に由来するのだ。
二月になり、ぼちぼちと咳も止まり、学内診療所でもらった咳止めが半分くらい余るころ、今度は御屋敷VillAngeとemaidの合同ライブがあると聞いた。直前まで迷っていた。理由のひとつは翻訳などの事務作業がたまっており、先週までの疲れが残っていること、もうひとつは翌日の宿直である。が、御屋敷仲間にきいたところ、仕事の合間に来れるという人がいたので、ぼくも行くことにした。
結果、参加して非常に良かった。普段、関わらない空間にひたるというのは、面白い経験である。折しも行きしなに西谷啓治『日本における伝統的宗教意識』を読了し考えていたところであり、暗い場所で灯りに照らされて、巫女の招きに応じて男たちが吠え声をあげるというのは、非常に原初的な祭儀空間の再来ではないかと感動してしまった。
人類の言語の起源が洞穴内部での鳴き声の反響と応答にあるという説がある。要するに、ウホウホと誰かの声がしたから、応じて誰かがウホウホというのだ。結果、ウホウホ?ウホウホウホ???ウホ!となり意思疎通と言語が生まれるという話である。
打ち出され繰り出されるオタ芸を鑑賞しつつ、言語を超えたコミュニケーションでステージを盛り上げる人々の様子は、ステージを舞うメイドたちを神とする蘇った古代神殿であった。
メイドさんたちといえば、今回のステージにおいて僕が感動したのは、とくにステージ慣れしているであろう数名の方の身体性への自覚である。少々大袈裟な言い方かもしれないが、完全に自己の身体的特性を理解し、把握し、その関節可動域の全体を使って、音に合わせて記号を波状に連鎖させていく。その波と動きに合わせてフロアの声が上下し熱がこもる。今まで、あまりダンスというものに感銘を受けたことがないのだが、今回、なるほど、こういう仕組みなのかと一人ごちた。良い経験となった。
あらためて考えてみると、日本の地下アイドルやアニソンの音楽的系譜とその消費の仕方は、古くは踊念仏、近くでいえば「ええじゃないか運動」と同一線上にあるのではないか。黒人が早口で怒りをぶちまける様子に音楽をつけるとラップになるという動画があったが、日本語でも同じことがある気がする。
つまり、節回しである。日本語に音をつけると、どうしても演歌やソーラン節、または盆踊りなどの要素が顕れてくるのではないか。それがカッコ悪いのではなくて、むしろ、その独自性と良さを際立たせる効果を持っているのだ。
批評家の友人に、この話を近所のメリケン・ダイナーで開陳したところ、いわく「日本には音楽がなく、語りがある」という旨の答えを得た。なるほど、おもしろい。一つの超越に対して多声的音楽と奏法を発展させた欧州の伝統に対し、複数の超越に対して一つの語りに収斂する日本の音という対比。精査はできない与太話であるが、さもありなん楽しい話である。
つまり、語り手としての地下アイドルやアニソンの歌唱なのだ。全国各地で行われているコールの言語学的・民族学的分析を大規模に行うことができるならば、それは21世紀初頭の日本を写すによい研究となり、百年後にはそれなりの価値を持つだろうから、興味深い。
さて気がつけば三月である。二月最後の雨は風と共に去りて、いよいよ春が近くなった。来月には桜舞う季節だと思うと、巡る時間だけが感じられる。年明けよりの御帰宅の数は覚えていない。週に一度の御帰宅であれば、原理的に年52回の御帰宅となり、それが二年続けば、100回を超える。人間の一生で、メイドカフェへ100回の御帰宅をする確率がどれほどあるのかは分からないが、冥土へ帰る前に、もう一桁くらいは数えても良いのではないかと思っている。
三月になり中旬に一次締め切りの論文があるので、心を入れ替えて書かねばならない。また4月〆切の論文もあるので、その下調べも始めねばならない。今日午後には教授と面会し、来年度の研究計画も含む様々な日程が決まる。なんだかんだと気がつけばGWあたりになっていそうであり、光陰矢の如しとはかくなるものかと感じる。
ということで、御帰宅日記を再び更新していきたい。