メイドたちの記憶⑧Merci beaucoup メルシー! | さむの御帰宅日記

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ネットの海の枯れ珊瑚のあぶく

 

 2008年8月から2011年5月中旬まで、ぼくは外国人だった。そして善良なる人々に手厚いもてなしを受けた。だから、ぼくも時と場合によるが、外国人には親切であろうと思っている。マルク・ブロック『比較史の方法』(講談社、2017)にあるとおり、国境と文化、言語は別物である。いわんや、その主体たるわれわれ人間たるや。

 

 8月も暮れて秋めく雲が寝起きのままの火曜日、彼はやってきた。作家の畏友が「スマホのパス、教えてあげたほうがいいんじゃないかな」といいベルを鳴らす。いつものようにメイドたちは応対した。あとで聞くに「スペイン人?英語通じないっぽい」とメイドさん。

 

 見るからに欧米人たる青年がチェキを撮っていた。近場にいたので、思わず「Sir, where are you from?」と聞いてしまった。当初ぼくの発音が悪かったのか、単純にアジア人の英語に慣れていないからか、何にせよ、通じなかった。が、あとで気づいて青年はぼくらのテーブルに来て、やがて座った。

 

 カタコトの日本語、カタコトの英語、精度の低いGoogle翻訳フランス語でなんとか話したところ、ソムリエを生業とする21歳はフランス人オタクであるという。Re:ゼロのレムが好きで、異世界ものも大好きで、灼眼のシャナを見、財布にカードキャプターさくらがぶら下がる彼は本物のオタクだった。その名をマチウという。カトリックの国フランスらしく、新約聖書の冒頭の書マタイ福音書の聖人マタイ(英語:マシュー、フランス語:マチウ)とのこと。

 

 「メイドカフェでできることを一通り経験してほしい」というのがテーブルに座るぼくらの願いとなり、チェキを撮ってもらい、オムライスにお絵かきを頼んだ。新人メイドさんがクマを可愛いらしく書いてくれた。エキゾチックな日本人女性がとにかく可愛らしくてドキドキして仕方ない、という発言には笑ってしまった。メイドはとくに英国とフランスにおいて存在したが、フランスからは消えて久しい。だから、珍しいし可愛しいで、もうやばいとのことだった。

 

 観光でぼくの住む街に来るというので、それなら一緒にメシでも食おうかと思っていたが、結局、「大阪が楽しすぎたので、金曜日に御屋敷で会えないか」とLINEで言われた。学会発表直前であり原稿もできていないのに、我ながら正気の沙汰とは思えなかったが、勝機かはたまた瘴気か、おもむくまま快諾して御屋敷へと向かった。

 

 フランス現代思想と哲学を専門にする友人に通訳代りで来てもらおうと思っていたが、時間が変動したためキャンセル。マチウの英語もちょっと厳しいので、困ったなと思っていた。しかし誉むべきかな、天佑とはこのことで、在日十数年を数えるフランス人P氏が、たまたま来ていた。支配人を通じて同席を請い、通訳を得て良い宴のときとなった。折しも畏友知人の訃報のあった日である。友が知人に傾いた一献とその笑顔が印象的な宴の夜となった。

 

 

 翌週、金曜日。今度は京都に来るというので、市内の少し外れた大通りの居酒屋にて会った。初の居酒屋ということで大変楽しんでくれた。鱧とマツタケ、ホルモン焼きなど楽しんでくれたようで何よりだった。居酒屋に来たのならば、もう一軒いく「ハシゴ」を経験せねばなるまいと、もう一軒へ。満員だったので、別の英国パブへ行った。そこで深夜2時前まで話して、夜風に吹かれて帰宅。

 

 旧帝大の學生らしい、京都に住まう学生らしい夜である。観光客では経験できない夜の過ごし方なので、結果的に良かったと思った。京都は人口のわりにコンパクトな街なので終電を乗り逃がしても、最悪歩いて帰ればよいのだ。二時間も歩けば、なんとか寝床に辿りつける。いい気分で冷たくなった風に吹かれながら歩いていく彼の背中を見送った。

 

 そして、11日は月曜日。9月も中旬である。彼の三週間の日本滞在もいよいよ終わりが見えてきた。明日、大阪を離れて東京へ行き、来週早々に、そのままフランスへ帰るという友人マチウを見送るために、もう一度御屋敷に集まった。畏友の作家氏、またネット仲間の兼業ライター氏、坊さんにフランス思想の友人らで彼と楽しく飲んだ。タコ唐、唐揚げ、枝豆、おつまみの手羽先、ビールにと頼んで見送った。手向けと思って、メイドさんたちのチェキもお願いした。

 

 総じて、偶然の生んだ稀有な数日間となった。若き友、フランス人青年マチウのその紺碧の瞳には何が映ったのだろうか。暮れゆく夏のような日本の趨勢のただ中に、彼は何を見、何を期待したのだろうか。その答えは、彼が一年後に再びやってくることにおいて明らかになるのかもしれない。われらが友マチウよ、再び会えるのをぼくらは待っている。折しも彼が大好きだという「Re:ゼロ」の新作ep制作が発表された。そう、まだ物語は続くのだ。

 

 友情のしるしとして彼がそれぞれに送ってくれた栞やキーホルダー、何よりも、彼が皆にと送ってくれた大吟醸はまたの機会に皆で飲みたいと思う。ソムリエである彼が、20杯も試飲して決めてくれたのだ。近いうちに開けるにふさわしいときが来るだろう。

 

 夏の後ろ姿が遠ざかる夜、少しずつ慣れてきたフランス語の音感と文法の印象、通じない相手にそれでも使えない英語で話しかける可笑しさ、皆の笑顔が夏祭りのように余韻を残している。残る彼の滞在が、本当に良いものとなりますように。そして、どうか、再び、僕らがまみえることができますように。

 

 そして、この喜びの宴と祈りを陰に陽向に支えてくださった御屋敷のメイドの皆さん、支配人に心からの感謝と御礼を申し上げる次第です。マチウにとっては、忘れ得ぬ初来日の思い出となり、ぼくらにとっても楽しくかけがえのない時間を過ごすことができました。

 

 20世紀末まで人類が積み上げてきた努力は、各地で灰燼に帰し、21世紀はテロと宗教の時代となりました。しかし、そんな中、言葉が通じずとも見た目が違おうとも、アニメやサブカルチャーなど、わずかな接点から人がつながっていくことが出来ることを知りました。それはPAX(ラテン語で平和の意)を生み出した場の力かもしれません。それは何よりも旦那さまお嬢様に分け隔てなく接してきたメイドの皆さん、支配人の日々のたゆまぬ努力によって支えられています。皆さんがいなければ、ぼくらの御帰宅の日々も、マチウの滞在も良いものになるどころか、存在さえしないのです。VillAngeがあり、皆さんがいてこその御帰宅なのです。日々の感謝とともに、ここに改めて、心からの御礼を申し上げます。

 

 本来、お名前をあげて御礼申し上げるところですが、それはまたの機会に。

 本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。

 

Dear our friend Mathieu,

 Thank you very much for coming to our land. It was great time for us to see you. You gave us a new perspective on France and the culture. We have known that the Otaku overcomes any borders among world. Mankind put their vast efforts to fix the separetion between plural cultures in the 20th century. It hardly has sucsessed, however we made it.  Time flies, sometimes it is sad but also it means that the future will come soon. We are looking forward to see you  again. If you find a foreigner or Otaku in your neighbor, pay it forward please. Again, thank you very much. It was a great summer gift for us to meet you at our home VillAnge of the Villa of Angels. We miss you but wait you. 
 

 Merci beaucoup! Bon voyage! Dieu te bénisse!

 

 with best regards, 

 Sensei, Skamoto, Shota, Pierre, Shitake, Shio-manjyu, A maid master.

 

 マチウ氏ツイッター:https://twitter.com/ultimare29