周りのママ達から
面談なんて、話す事ないから、すぐ終わるよね〜
と聞いていたけど
うちの娘は違った
小学校高学年の時は
最後の時間に割り振られ
孤立していること
いじめを受けていること
それについて担任と情報共有
そんなことばかりだった
中学に入って
今回初めてあっさり終わった
あ、みんなが言ってたのこのことかぁ
「お友達とも良好ですし、勉強も申し分ないですね」
以上‼️
去年までの個人面談は
気持ちが沈む案件だったから
こんなにあっさり終わるのかと
新鮮で
終わった瞬間
じわっと悦びに浸ってしまいました![]()
職場の人
Sさんとしよう
どうやら不倫の末、妊娠、略奪婚をしてたという噂。高校生になる子供がいる
でも、私が会ったときには、普通の子育てしているママって感じの人で
不思議だったのは、やたら顔が広い
どこかで短期でいいから人来てもらえないかなーとなると、Sさん経由
最初はとても関係が良好
たしかに顔が広いから人当たりがよくて
うっかり色々話しちゃう
近所で無視されたことも話してた
おそろしいことに、近所の天敵Aとも顔見知りだったんだわ💦
仕事で直接絡むことはなかったから
世間話で済んでたけど
数年前に仕事で絡んだら面倒だったー
自分のペースでないと、自分が全部把握してないとダメみたいで
そして職場のあちこちで愚痴ってた
そこに私の名も出てた
でも、それから数年は普通接してて
その間、Sは知っているだけでも
職場の3人と揉めて口も聞かない間柄に
そのうちの1人、Eさんはめちゃくちゃ仕事できるし、いい人なのに辞めちゃったの
Eさんとは当初2人の世界って感じで仲良くしてたのに
Eさんは家庭の事情でと辞めてたけど
ばったり会ったらSが嫌になって辞めたという
そしてはっきり言った
「Sはバカなの。自分が全部できると思ってるけど、しょーもないのよ」
痛快なほど、はっきり言い放った![]()
それからほどなくして
私も標的になりましたー。
それがこの人なんだけど
運悪く、今年から職場の居場所が近くなってしまってねぇ
トイレで会ったりしちゃう
「お疲れ様です」
っていうけど、軽ーく頭下げて素通りよ![]()
前はニコニコして、いろんなこと話しかけて来たのに
声が高くて通るから
ほーんと声聞くだけでも嫌な気持ち
だけどね、私、何にも心当たりないのよ
私に彼女が勝手に刺激されてるだけ
なので、最近
あー、私のこと羨ましいのね
と思う事にしました![]()
私はこの人以外、一緒に仕事した人とは
みんな良好な関係なので
やっぱりS自身に問題があるのは間違いないな
でも、全然標的にならない人もいるから
本当はそうなりたいのになぁ
とにかく間違った言動はしないよう
心がけます!
気づけば、秋。
随分と久しぶりになります。
ブログを書かなかったのは、大きな不満がなかったからかな。
今まで、吐き出す場所にしていたのは、このブログだったんですね。
それだけ穏やかな日常なのかもしれません。
この間、私は心の勉強をしていました。
人のお話を聞けるような資格を取れたのですが、いや、まだまだ人の話を受け止められるような度量はないですね。
さてと。
最近、娘から「タンプレ買いたい」という言葉を良く聞くようになりました。
たんぷれ、タンプレ?
誕生日プレゼントなのですね。おばちゃんは知らなかった![]()
娘の誕生日は過ぎてしまったのですが、
その時も何人からかプレゼントをもらってきました。
小学校時代、低学年の時はちょっとしたやりとりはありましたが、
学校では孤立してしまう事が多くて、周りが誕生日のプレゼント交換をしているのにも入れてもらえなった![]()
だから中学に入って、やっとそういうお友達とのやりとりが始まったわけです。
母はとてもうれしい![]()
東急ハンズやらロフトやら、プラザやら。
楽しいですよ、いくらでも付き合います!!
でも、娘。
1学期とは違うお友達の名前を言い始めました。
もしかして、また仲間はずれ?と心配になったり![]()
なんとなく聞いてみると、納得の答え![]()
「私、推しがいないから、話題が合わない」そうで。
BTSやらNiziuやらTwiceやらで話題がもちきりだそうで。
あはは、娘より私の方が詳しいかも![]()
娘も知らないわけではないけど、そこまで・・・のようで。
話の輪に入っていても分からない事が多いようで、自然に淘汰されたようです。
娘の学校は隣人を愛しなさいの精神がしっかりと根付いているので
あからさまに仲間はずれにはしません。
合わなければ、賢くさらっと離れ、他の子と親しくなればいい。
だからといって、今までの友達とも楽しく話せる関係になれる。
当たり前のようで、なかなか出来ないこと。
少なくとも、ご近所ママは一人で動けない人達なので、こういうふうに自分軸で動けません。
合わないところに、じーっといる。
合わない会話にうなづく。
私も、娘と同じく、自分軸で生きていこうと思います。
合わない人とは、拒絶するのでなく、自然と離れる、場合によっては適当に合わせる。
これ、簡単そうで、なかなか難しいですね。
娘の入学とともに、新たな生活が始まりました。
一言。
快適です!
小学校の卒業式の最中に「やっとこれで終わる」と思ってしまったほど、地元のママ達との別れが嬉しくて嬉しくて![]()
娘が私学に進んでくれたこと、本当に良かったと思います。
小学校での娘の居場所はなかったんだなと感じた日々。何をしても叩かれて、ヒソヒソ話をされ、バイキン扱いも受けました。
その度に私も心が痛かった![]()
ところが、習い事の体操教室での娘は真逆で、下級生たちからは毎回お菓子のプレゼントをもらい、同級生の子とも本当に仲良くやっていて。
春休みも遊んだり、中学に入ってからもLINEで連絡しているみたいで。
体操教室の先生からも「学校でも人気者だろ?」と。「いや、先生。完全に孤立してます」と返事すると驚かれました![]()
環境って本当に大事。
私学に逃げたという人もいるかもしれないけど、私たちは新たな環境を選んだのです。
あそこなら行きたいねと言ってもらえる学校に、娘は入ることができました。
入学から数日経ち、授業が塾より早いスピードみたいですが笑、本当に楽しそうに通っています。
これからも人間関係で悩むとは思うけど、今までの訳のわからない集団同調に屈するような事はないと信じています。
自分を律する事ができる人、向上心がある人は、他人を認める事が出来る!
自信がない人達ほど、群れて同調して、一人を攻撃する。
これが娘の小学校生活を通して、本当によく分かりました。
それは大人も一緒。
今、本当にありがたいことに、私自身も心が穏やかです。仕事でも、人との関係はとてもうまくいっています。
それは、この数年
人として間違った言動をしないと心に誓ったからだと思います。
母子ともに、揺れる時期もまた来るとは思うけど、辛かった経験が私達の心を強くしてくれました。
また何か起きても、すぐに心を整えられるよう日々精進です![]()
娘の第1希望校は、御三家組が前受け校として位置づける学校で、受験生が数千人規模で大挙して押し寄せます。
娘は小5の春から通塾しました。週半ばの体操教室をどうしても続けたい!と主張したので
本気でやるなら大手に入れたかったのですが、曜日がバッティングしてしまいました。
その時点での塾選びも苦難でしたが、どうにかみつけて
算、理、社は少人数の集団で、国語だけ個別で対応してもらいました。
小5の終わり頃から、御三家ゼミに入れるようになり、2020年の冬から通い始めましたが・・・
そうです。コロナがやって来まして。
あんなに楽しく通い始めたゼミが動画配信になってしまいました。
そして、娘の成績のピークもこの頃。本当にもしかして御三家受けちゃう?なんて調子に乗っていたのもこの時期。
でもその後は急降下。
なにせ、休校自粛期間中にだらけまくりました。動画は見てるだけ、課題はテキトー。
周りとの差はどんどん開くばかり。模試の成績もうなぎ下がり(下がるときにはこう言わないか・・・)
でも、第1希望校は、前述した御三家前受け校に!と母は譲らず。
夏前になんと教室閉鎖の連絡。電車で数駅の別校舎へ通うように促されました。
母は悩みました。電車で数駅行くのなら、もうこの塾にこだわる必要はない。
おまけに頼りにしていた先生は異動になってしまい、もう気軽に相談に行けなくなってしまいました。
そこで探したのが個別塾。
その昔、某地方の難関校を突破した夫がしきりに言うのです「過去問をやりこめ!」と。
集団塾では志望校もバラバラの中、過去問へのフォローに心配がありました。
でも、個別はなにせ、お高い、お高い。
そこで、国算だけ個別に切り替え理社はいままで通りの集団を続けました(でも別校舎だから電車移動ですよ)。
夏期講習も、冬期講習も併用して。たいしてコマ数も増やしませんでした。
秋頃から受けていた外部模試では、
第1希望校はずーーっと合格率20%の撃沈。
これ、実は最後まで変わりませんでした。
でも、夫は言いました。
「模試じゃないんだよ!その学校の問題が解ければ合格するんだよ!!!」。
そうは言っても、20%の現実は母には厳しく、これは併願校をしっかり固めなければと思いました。
肝心の娘は「どこでもいいから私立に行きたい♪意地悪な子がいる公立は嫌なの♪♪」とやる気があるのかないのか・・・。
個別塾は9月から過去問をひたすら見てくれました。10年分を繰り返しこなしました。
が、得意の算数もなかなか点が伸びず、毎度凡ミスの連発で、いよいよ先生もあきれ顔でした。
国語も論説文が苦手なうえに、慣用句やことわざもいまいち。
12月時点で、もう第1希望は、本当の意味でチャレンジだなと腹をくくりました。
気がつけば、併願校の過去問が手薄になっていて、正月くらいにやっと他2校に手を付けた感じでした。
ただ、第1希望校の難問を続けていたので、少し難易度が低い問題はある程度は解けるようになっていました。
1月に試験はありがたいことに、第3希望、第2希望、第1希望の順の日程。
ふたを開ければ、すべてから合格をいただけるという奇跡。
こんなこと書くと、自慢かよ!とお叱りを受けそうですが
伝えたかったのは
模試の結果に振り回されず、過去問とじっくり向き合ってください
ということ。
模試の結果を見ると、もう諦めようと志望校を変えたくなるのですが
併願校をかっちり固めて、玉砕も覚悟でチャレンジしてみる、という選択もありだということです。
我が家の場合は、2校のお守りを持って、臨めたのもラッキーでしたが
どうか、どうか、模試の結果で落ち込んでしまった時には、こんな人もいたのかと思い出していただければ幸いです。
埼玉県の受験が終わりました。

