昨年、護身術についてちょっと触れましたので、僕の考えを書きます。

他の方と考えが違うかもしれませんが、そこは許してください。

 

アメリカで教えている時によく「危ない状況で使う」という事で護身術を教えて欲しいと希望する生徒がいました。 まあ、その時には僕が教わった事をそれとなく見せて、ちょこっと練習する訳ですが、教える時に必ず「危ない状況って何?」と質問していました。

ケンカじゃないですよ、護身です。

 

詠春拳には標指(ビウジー。。。目突きです)とか膝を狙ったローキックがあります。一言で言えば結構危ない技なんですが、こういうのを人に使うと言うまでも無く「大変な事」になります。技が決まらなければ、相手は余計に当然怒るでしょうし、技が決まれば相手に怪我をさせます。

 

護身術は身を守る術。つまり言い換えれば、使うと決めた場合には必ず相手を傷つける事が護身術の前提となります。

 

ところが「技を相手に必ず当てる(きめる)」事って、結構難しいです。

技をきめるにはそれなりの「つくり」が必要になります。つまり、体の位置や角度、相手との間合い等、技が極まるシチュエーションを作るためのテクニックが必要ですが、そのためには練習を重ねて感覚的に身に付ける必要があります。

 

ですので、武術や格闘技を体系的に学んでいない人にとって、普段練習をしていない技をいきなり使って相手に当てられるという状況は、相手が攻撃されると思っていない「不意打ち」的な場合なのかなと想像します。

 

武術や格闘技をそれなりの期間学べば、体力もつきますし、瞬間的に動けるようになります。

そうすると自信がついてきますし、護身術的な技も使えるようになります。

ただ、自分にそういった技が使えるようになればなる程、危険な状況にはならない様な気がします。危険回避能力って上達とともに上がっていくのではないでしょうか。

それに健康にもなりますし、ストレス耐性も出てくる、僕はそれが現代の護身かなと思っています。

 

僕の師父(先生)は相手を傷つけると「理由は何であれ相手はその事を一生忘れない」、「人に恨まれると自分が不幸になる」、「だから皆が幸せになる事を考えながら、自分の為に技を磨くように」と言ってました。 今の僕は師父と全く同じ考えです。

 

数年前に一時帰国で東京に行った時のお話しです。

ニューヨーク時代からの友人と行きつけのお店(スナック)に行く途中で、突然大きな影が近づいてきました。 とっさに僕は「ごめん、申し訳ない!」と手を拝むようにした「ごめん」ポーズを取りながら相手を見ずに言いました。 すると相手は「よーし」と言って、どこかに行ってしまいました。(あれっ、いつもと何か違うなと思いましたが)

 

その友達はお店に着くと「さっき変な奴に絡まれたけど、相手が近づくと同時に○○ちゃん(私の事)がとっさに謝って何事もなかった!」と話をしました。 周囲の常連さんたちは「さすが武術家!」と褒めてくれました。 僕は褒められると舞い上がるタイプなんで、その日は気持ち良く楽しい時間を過ごせました。

 

で、本当の事を言うと…。

実は僕は近づいてきた人が「呼び込みのお兄さん」だと思って、(今日は行くところがあるからまた今度!)って意味で謝っていたんですよ。 つまり勘違いで危機回避した訳です。

相手のリアクションがいつもの「呼び込みのお兄さん」と違うのは当たり前ですよね。

これ実際にあった唯一の僕の武勇伝です(笑)