たんたんとしっぽの家族 -2ページ目

たんたんとしっぽの家族

我が家のラブラドールレトリバー、ロングコートチワワ、スムースコートチワワ、ウサギのことをメインに書いています^^

娘を学校へ送ったあと訪れる


なんともいえない心のモヤモヤは何かを


最近は分析してるけど


どうにもわからない。




心配だからなのか



さびしいからなのか



ホッとしてるからなのか。




当たり前のように通って


当たり前のように運動して


当たり前のようにすごしているはずだった。




早く早く あの娘の痛みが取れることを


今は祈るしかできない。







さて


話は打って変わって。





息子が


「友達にもらったんだけどさ~


 いらないんだよね。見る?」




ドサっと目の前に置かれた1冊の本。














エロ本。










一般の母親はこういうとき


どういう対応をするのだろうか。



叱るのだろうか。



悲鳴をあげるのだろうか。







一瞬悩んだが





「あのさぁ、こういうのって普通親に見せんよね?」






脱力感にさかわらず


私は素直に冷静にそう返した。










変だろか?w





通りすがりの妹にも



「見る?」





お前はどこのサービス業だよw








目を丸くしてビックリした娘。



それはほんの一瞬で



すぐバサっと椅子に置き、








・・・それから未だにそのままに置かれたエロ本。





それはまるで


普段からある家具のように


何の存在感も私たちに与えず、


ただそこに置かれたままで








そう







空気のように。







いや、


空気でもない。


かといってゴミのように気づいて拾うとか


そういったこともなく


私たちはスルーしてすごしている。






ゴミ以下の存在。





すごいぞエロ本よ。





君はよその家では汚物のように見られ、



その処理に困り、



どんな運命なのか我が家にやってきて



とうとうひとつの壁を越えてしまったのだ。






君は到達したのだ。









「無」の極みへ。







まぁなんだよね。



何でも親に言えるってのも


ちょっと心配だよねw






変動する株価より…













変動する視力!





娘は仮性近視である。




二週間さした目薬。


我が家での自己流おめめの体操を経て





本日





晴れて娘もコンタクト!









とはいえ、

あまりに視力のアップダウンが激しい女ゆえ、


ワンデイしか選択肢がなく、

まぁそれはそれで仕方ない。





私がスーパーど近眼ゆえに

我が子達にも軽やかに遺伝し、

いやぁ申し訳ない。





13歳になったこと、
メガネが壊れたこと、
腹の傷がひどく痛むので気分転換にもと思い、


本人は嫌がったが
どうしてもコンタクトにしたかった。




これできっと世界が変わるwはずw




帰り道ガソリンスタンドの所で
『ハッ!あそこの文字が見える!』
と叫ぶ。



叫んだあと



『サ…セ…あ?』




『……Service Stationだよ…』






せっかく見えても読めないんじゃぁ…😢





なぜ日本語の看板を見なかったのだろーかと思いつつ、





まぁ見えなかったものが
見えるという新鮮さに
喜んでくれるならいっか😊




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梅雨です。





全力で鳴くカエル🐸








全力で痛む…傷。







切ってまだ二ヶ月。



自律神経が狂ってたおかげで?
もしかしたら今まで
痛みがなかったのだろうか。



としか思えないタイミング。



痛みは交感神経が影響するようで。



そこが眠ってたわけで、
そこを目覚めさせる薬を
飲んでいたので
起立性障害の症状が
ほぼ出なくなったこともあり、
今は勝手ながら飲ませる事はやめた。





帝王切開経験者の私も、
二ヶ月の頃は
ヒーヒー言って歩いてた記憶。





下腹部より上腹部の方が
痛みは強いという。



そして
痩せてる人の方が
痛いという。






そりゃ痛いよね。





いつまで痛いのかな、
もうずっと痛いのかな、
そう思う時期。


私も一応切った経験あって良かった。



気持ち、少しは解る。



ちょっとは励みになれるよう
お世話したいと思う。






登校時間は減ってしまうだろう。


1年生というとこが救われる。




うちは、勉強よりも
コミュニケーション能力を重視してるので、


いいよ、教科書読んでりゃ、



そんな感じ。





前回のテスト、
ろくに授業受けてなかったけど
なんか真ん中より上にいたし。



じゅうぶんじゅうぶん。



今はとにかく治す事。





そして少しでも早く、
剣道部の力になってくれ。



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起立性調節障害とは

ざっくりいうと自律神経失調症。



ストレスが影響してることが多く、
やはり入院が原因なのかと
そこを探り当てようと
娘と話をした。


意地っ張りな性格なので
大丈夫ではなくても
大丈夫と言いそうで、
正直に言ってるかどうかだけを
探しながらの会話。


ところが
学校も楽しい、部活も楽しい。
入院も楽しかった。


嘘ついてるようには聞こえないし
気が強いから
たいがいのことは言い返せる子だ。

というか

男子相手に限るけど
何か言われると
頭突きをくらわしてくるとか、

蹴り飛ばしてくるとか、

コロッケのカスを
筆箱に入れられた時には
コロッケ丸々1つを
筆箱に入れ返したり。


陰湿な女子が
わざと足を踏んできても
とっさに踏み返したり。


いじめられる心配より
怖がられてないかが心配な程で、


入学してまだ二ヶ月、
すでにぺこりと挨拶してくる男子もいたり、

誰か手伝ってと言えば、
数名の男子がお手伝いに現れる…

モテるとかじゃなく
本人もこびを売ってるわけじゃなく




ただの姐御…



おっとキリがない。



そんなわけで
色々聞いたり調べたりして、


要は手術の影響で
自律神経やっちゃったってとこらしい。



目覚めさせる神経と
休ませる神経が
通常、昼と夜とで自動的に入れ替わるものが、

手術で、麻酔やら
痛み止めやらを使い、
強制的にお目覚め神経は
眠らされる。

片頭痛持ちだから
元々自律神経は弱かったのだろう、
今思えば
入院中に症状はあった。


おかげさまでだいぶ良いけど、
最初は本当に辛そうで、

怠け病と思われがちな疾患だけど、
娘は運動したくてウズウズしてたから
怠けてるとは思えなかったし、
毎朝吐いてた。


かわいそうでかわいそうで、
ゆっくり休ませてあげたかったけど、
この病気、




休んじゃダメなの~



昼寝もダメ。
軽い運動はしなきゃダメ。
早寝早起き徹底。
そして、ストレスがあれば
原因を排除してあげなきゃいけない。



体の中の時差を元に戻す為、
健康的な日々を過ごさなくては。



幸いに、学校には行きたいというし、
家にいてもグータラしちゃうし、
なんせ不登校にだけはしたくないという信念を持って、


かわいそうだけど
鬼と化して1時間でもいいから
登校させた。


鬼といっても叱るわけにはいかず、
君には登校が1番の薬だと説き、
本人に理解させて
立ち上がらせなきゃいけない。


症状が、病気なのか、
少し甘えが入ってるか
見極めも大切と思った。


甘えの部分が見えた時は


遠慮なく叱った。


つらかっただろう。



叱るこっちも心が痛い。



でも性格はわかってるので、
そうすると
意地になって動きだす。



動けるじゃん!

ってとこで褒めて学校いかせる。



子どもと大人の狭間。


私自身の思春期時代を
取扱説明書にして
うまくいってくれることを願いつつ、

娘は私を恨むかもしれないけど
親としては二人三脚で
治していこうと思う。



膝→膵腫瘍→起立性障害
と戦ってきて、
次の敵が実はもうある。



ふっ。


仮性近視。



ラスボスは既に倒してあるので
スライムくらい一撃してやるわ。


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久しぶりすぎる。

精神的多忙で書く気も起きず。




2013年を迎えてからの状況を
簡単に書くと、




1月

正月明け数日後
わたくし、風呂上りにぶっ倒れる。

まぁこんなことはどうでもいい。


月末、娘が二度目の膝痛。


2月

娘を中規模の整形外科に連れて
膝のMRIで検査。

何か写ってるので
念の為がんセンターで検査しろと
紹介状をもらう。

月末、問題ないという結果。
この頃から腹痛発症。

個人の小児科で嘔吐下痢症と言われ
薬を処方されるが回復せず。



3月

がんセンターのプレッシャーの
ストレスからの自家中毒と思い始め
吐き気どめを飲みつつ様子を見るが
いっこうに回復しないどころか
顔色が悪くなってくる。


食欲も落ち
体重も減る。


脱水症状が起きてきたので
何度か点滴を受けるが回復せず。



13日、
これはおかしいということで
市の病院へ直接行く。

腹部MRIで腫瘍の疑いが出て
精密検査で入院、
翌日県立こども病院へ転院。

6cmというバカデカイ膵臓の腫瘍が見つかる。
フランツ腫瘍と呼ばれる
とりあえず良性だったことに
ホッとした。

26日、膵尾部脾摘手術。



4月5日退院。

この頃には
起立性調節障害が起きる。


5月

やっとの思いで少しでも登校してきたが、
ここにきて今更ながら
手術の傷が痛み始める。


痛みが強い為、
強い鎮痛剤を飲み遅刻で登校中。

ただし、これを機に
起立性障害の症状を訴える余裕がなくなり
ある意味クリア。






腫瘍が見つかった時の感情は
きっとずっと忘れない。

親としては最悪の経験だった。

毎日、
情けない事によく泣いた。
息子に悟られないようにする事が
大変だった。


どうしてこの子が、と何度も思ったが
こども病院には
そういう子ばかりというのと、
娘本人は
デカイ手術を目の前にして、
泣き言一つ言わずにいる事にふと気づき、
泣くことはやめた。


術後すぐのICU、
麻酔から覚めてもうろうとしてる中、
娘は主治医にお礼を言った。


たった12歳なのに
親が思う以上に気丈な娘だった。


卒業式に出れなかったので
担任がうちまでアルバムを
届けてくれた。

『お母さん、
この子は大丈夫。
必ず乗り越えられます。
この子は大丈夫。』


今、中学でも
先生方もクラスメイトも
暖かく受け入れてくれてる。


たまに心ない事を言う子がいるが、
娘は気が強い。

きっちりやり返してくる。


たくさんの人の理解があること、


そして生きてることに


感謝します。





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