半世紀、時計が止まった街
新宿歌舞伎町の片隅に、ゴールデン街がある。
昔は青線地帯(警察が売春に片目をつぶる地域)だった。
小さな飲み屋が軒を並べ、今も昭和そのものの街が連なっている。
戦後日本の芸術・文化は、ここから産声を上げた。
寺山修二さんなど演劇人、新藤兼人監督など映画人、
田辺茂一さんなど出版人、直木賞作家や俳優さんたち。
どの店にも、テレビや銀幕で見かける人たちが屯していた。
ちょっといかがわしくもあり、戦後を代表する人たちの溜まり場でもあり、
なぜか隣に著名人が座っていても、気にもならない不思議な空間。
駆け出しの出版人であった私には、
夢の世界が、まったりと広がっていた。
(「俺もいっぱしの大人なんだ」と、舞い上がってもいた)
そして、数十年後
ひょんなことで、私はゴールデン街の店の一日マスターをやっている。
毎週水曜日は、『○羅治(わらじと読む)』の一日マスターなのだ。
ゴールデン街にあしげく通った40年ほど前、
手当たり次第にハシゴするものだから、『○羅治』の記憶も鮮明でない。
いつも酔っ払っていたし、同じ流しの爺ちゃんが顔を出す。
客だってハシゴしてくるから、別の店でも同じ客に会う。
10数年前からだろうか、ゴールデン街は『○羅治』と決めたのは。
マスターやママが代替わりして、次々と店の雰囲気が変わったからだ。
それでも○羅治だけは、ピタリと時計が止まっていた。
一石二鳥の一日マスター
『○羅治』のマスターだったケンちゃんが亡くなって3年。
元々、映画監督でもあったケンちゃんは遊び人。
女を作って行方不明になるのは日常茶飯事。
だから名実ともに、この店はママの和子さんがやっていた。
「バカ亭主の両親の介護でしょ」
「ジイちゃんバアちゃんを送り出したと思ったら、今度は亭主が倒れてさ」
「その亭主をようやく送り出したら、今度は息子が寝たきりになってさ」
元は売れっ子芸者だったから、ママの和子さんも気丈だ。
「馬鹿な亭主に貢がされ、挙げ句の果てがこれだもの」
なんて言いながらも、後悔はしていないようだ。
「人さまに言っても信じてもらえないぐらい、いろいろ経験させてもらった」
↓
『一日ぐらい休みなよ。お母さんが倒れたら、息子はどうなるの?』
「それだけが心配でね。助かる命じゃないから、送り出すまではね」
「早く死んでくれないかなーって、ホントのこと思うこともあるよ」
↓
『週中の一日は、俺に任せなよ。いいよ無給で……』
『本作りの相談が多いんだ。その都度都心へ出なきゃなんない』
『週に一度は相談日に決めて、ここを使えばいいんだもの』
※そんな訳で、毎週水曜日は、ゴールデン街『○羅治』の店長です。
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