【プー太郎旅日記】~ シンクロニシティと神様と、陰謀とアセンションと、、 ~ -4ページ目

【プー太郎旅日記】~ シンクロニシティと神様と、陰謀とアセンションと、、 ~

東京出身40代の独身男が、震災をきっかけに、それなりに給料の良かったSE職を辞めて世界の陰謀論にのめり込み、神社巡りの旅に出掛けたら、次から次に不思議な偶然に出会ってしまうというドキュメンタリー。それらはただの偶然か、それともすべて必然か!?

8月29日

今日も朝風呂からスタート。
嬉野温泉に来てから、名物の湯豆腐をまだ食べてない。ということで、昼飯は女将さんにお願いして湯豆腐定食を準備してもらった。

定食は、えのき茸や白菜と一緒に温泉水で煮込んだ湯豆腐鍋と釜めしがセットになっていた。うまい!トロトロの豆腐が絶品。釜めしもご飯によく出汁が染み込んで美味しかった。
一階の十畳ほどの和室で頂いたのだが、部屋がとても気持ちのいい空間だった。いい場所でおいしい食べ物を頂いて、心から感謝の気持ちに満たされた。

自分でも不思議なことだが、最近の僕は、すぐ感謝の心で一杯になる。幣立の一件以来、何となくいつも大きな何かに繋がっている感覚が途切れていなかった。
そして、女将さんにおにぎりを握ってもらってから、食事の前と後には手を合わせてお祈りをするようになった。大自然の恵みに感謝。命の恵みに感謝。食材の生産者の方、運搬してくれた方に感謝。そして、料理してくれた方に感謝。
気がついたら、自然とそんな心境になっていた。

食事の後、部屋に戻ってしばらくゆっくりしていた。
腰のコワバリ君の痛みは、かなり治まって来ていて、同時に背筋も伸びて来ていた。普通に歩いても、もはや阿蘇でのような痛みは感じない。「あんでるせん」のビビビ電流が効いたのか?
とはいえ、まだ頭と身体が休息を求めているのを感じていた。ここではゆっくりしよう。

夕方からは少し散歩に出た。
近くに伊能忠敬が測量の本陣としたという旅館の跡地があるのを発見。また、嬉野にはシーボルトが立ち寄ったことがあるそうで、それにちなんだ「シーボルトの湯」という温泉施設もあった。伊能忠敬の旅館の向かいだ。嬉野って意外と歴史的に重要な場所なのかも。

「シーボルトの湯」の数軒手前、宿からも近いところに「書き下ろし屋」なる怪しい店を見つけた。店は閉まっていたが、店先に掲げてある説明書きによると、相手の目を見てインスピレーションで言葉を書き下ろしますとのこと。で、驚いたことに、この人ここで店を出す前に阿蘇の白川水源でお店を出されていたという。
僕も阿蘇を出る直前に白川水源に寄っていたので、これは何かのご縁かと思い、是非とも書いてもらいたいと思った。でも、別の場所に出張に出ていたりして、お店を開けている日がとても限られている。ここで店を開けるのは週に2、3日って感じで、次にお店が開くのは9月3日の月曜日だ。まだ5日もある。直感的に、ほう、その日まで俺はここにいなければならないのか?と感じ、何だかおかしくなった。まあ、ゆっくりしなさいってことなんだろうね。

こういう仕事をしてる人は、マイペースで生きてて商売っ気がないから、あくせく働かないんだろう。開店日の予定を見ると、出張でお店を閉めている日以外にも完全な休みの日がとても多い。
みんながそういう生き方を受け入れられたら、社会の成長のスピードはゆっくりになるんだろうけど、もっと心にゆとりが生まれて、一人一人の幸福感は増すんじゃないだろうか。でも、経済社会や政府は、成長だGDPだと、走り続けなければ生きて行けなくなるような感覚に僕らを追い込む。

旅をしてるとつくづく思うけど、車移動では見落としてしまう、あるいは感じ損ねてしまう、歩いてみないと見えない世界がある。技術や制度は人の生活を豊かにするために進歩して来ているはずなのに、何の皮肉か、その技術や制度によって現代人の生活はますます多忙になり、より厳しいストレスにさらされている。携帯電話がなければと思っている営業さんも多いのではないだろうか。

昔の人は自然のリズムに従って生きるしかなかったから、余計なストレスを感じることはなかったのだろう。自然のリズムを超えて生きようとする時、そこに不自然なストレスが生まれるんじゃないか。人間も自然の一部である。自然の摂理には逆らえない。

この場所では、ゆっくりしなきゃいけないんだなという思いが強くなった。