あまり「キレイにしすぎないこと」を
やり始めたわたし。
それが俗に言う強迫性障害の
行動療法と呼ばれるものだった
ということに後々気づく。



わたしが強迫観念にかられていた事柄は
だいたいが「わたし基準」で
「気のせい」だったことにも気付いた。




強迫行為を治さなくても
そのまま生きていくことはできる。
でも「やめられたらラクだろうな」
思った事柄については
やっぱり自分でも「やめたい」
心の中で密かに思っていたことなんだよね


 



それってカエル塾で学んだ
「快か?不快か?」にもつながるし、
「やりたいか?やりたくないか?」にも
つながってくる。
わたしの特性として
持ち合わせて生きていくのもあり。
治したいと思っているなら
トライしてみるのもあり。







ニコニコ行動療法で今こんなに楽になったよ♡

☝︎お出かけ先でトイレに行けるようになった
☝︎過剰な手洗いと除菌をしなくなった
☝︎床に重いバッグを置けるようになった
☝︎人が作ったものを食べられるようになった
☝︎お出かけにマスクをしなくても平気になった
☝︎お皿洗いは一度で済むようになった
☝︎出勤前の戸締りの確認は一度で済むようになった
☝︎占いを見ても平気になった
☝︎「4」という数字を見ても反応しなくなった
☝︎病院巡りをしなくなった





ざっくり思いつくままに書いてみたけど、
他にもあると思う照れ



全てが強迫行動じゃないかもしれないけど
強迫観念があることで少なくとも
「わたし自身が疲れていた」のは確かだ…




つづく→