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[粒子線治療][陽子線治療][菱川良夫] 名誉センター長のこばなし ~がんから学ぶこと~

一般社団法人 メディポリス医学研究所
メディポリス国際陽子線治療センター 名誉センター長
菱川良夫による講演からの小話。

先日、70代のがん患者Aさんのテレビ相談を受けました。
いつも通りAさんに、ご自身の病気や治療方法についてどれくらい理解されているかを質問したところ、非常によく勉強し理解されていました。

Aさんのがんは限局しており、手術、放射線治療、陽子線治療など、どの治療方法でも完治する可能性は高いと考えられた為、ご本人にもその旨を説明させていただきました。

また、お話しをしていくうちに、同じがんになった友人は、Aさんの住んでいる地域の陽子線治療施設で治療を受けたことを知りました。


それらのことを踏まえ、「なぜ当センターでの陽子線治療を希望するのか」を聞いたところ、一番の理由は「リゾート滞在型医療が気に入ったから」ということでした。
ここまで、50年間忙しく働いてきたので、がんぐらいのんびり治したいとのことです。

また、ゴルフや釣りなど趣味が多く、治療期間中に自分の車で動き回り、それらを楽しむのだと嬉しそうに話して下さいました。



次の日、やはり同じがんの50代Bさんとテレビ相談を行いました。

この方も、手術、放射線治療、陽子線治療、どの治療でも治りそうな状況でしたので、その旨を説明させていただきました。
お住まいの近くにも、いずれかの治療ができる病院がいくつも存在し、ご本人もよくご存知のようでしたが、当センターの治療を希望されました。

理由を聞くと、「がんになったのは、休みを取りなさいということだと思います。今まで働き続けすぎました。有給休暇も治療期間分あるので、のんびりできる指宿に行きたいと思っています。」 とのことでした。


翌週には、60代の女性Cさんも適応になりました。
センターに来たい理由を尋ねたところ、隣のホテルでのんびりしたいという理由でした。


彼らが当センターで治療を受けたいと考えた理由を聞いて、
『同じ治療を受けることができるのであれば、その施設を選択する決め手は「治療を受ける環境」である』ことを確信しました。

引き続き、選ばれる陽子線治療施設として、最高の治療と環境を提供できるよう、ひたむきに努力してまいります。
先日、「第6回 粒子線治療乳がん研究会」を開催しました。
この会は、早期の乳がんに対して、陽子線治療を応用した新しい治療オプションを模索する会です。

雨にもかかわらず、多くの先生に集まっていただき、有意義な時間を過ごすことができました。有難うございました。


私たち陽子線治療の専門家は、この4年を費やし、新しい固定装置を作りあげました。
それらの固定装置と最高の治療計画で陽子線治療を行う医療こそ、我々のチーム医療です。

我々が「早期の乳がんに対して陽子線治療を行うかどうか」を決定するのは、患者さんの意志と、外科医を中心とした乳がん治療を専門とする先生方の仕事です。

今回の研究会では、乳がん治療の専門家と放射線治療の専門家の間で活発な意見交換が行われ、陽子線を使った乳がん治療がまた一歩前進したように思います。


「当センターでは医学研究ではなく、医療を行っています。」
と、講演やこばなしで度々お話ししてきましたが、早期乳がん治療に対しての陽子線治療では医学研究を行っています。

医学研究は、厳しい条件を設け、それに沿って治療を行っています。
厳しい条件を設けることは、安全かつ質の高い医療に繋がります。

現在は、安全性に対しての研究を行っている段階です。
安全性の研究は全部で4例行い、その結果を元に、次のステップに進むかどうかを検討する予定です。


今回の乳がん治療研究会では、多くの専門家に参画していただき、心強い支援とともに厳しい指導をしていただきました。

今まさに、早期乳がんに対する陽子線治療が、医学研究から医療へと姿を変えようとしています。
視界は良好。応援してください。
有難いことに仕事で全国を飛び回っているので、飛行機に乗る機会に恵まれ、おのずと飛行場にいる時間が長くなります。
搭乗までに時間の余裕がある日は、必ず展望デッキに足を運び、飛行機が飛び立つのを見たり、写真を撮ったりしています。



実際に撮影してみると、動く飛行機を被写体にした撮影は難しく、特に離陸の瞬間は非常に難しいことに気がつきました。
それでも、数をこなしては「カイゼン」を繰り返し、少しずつ良い写真になっているような気がします。


1年半ほど前には航空法が改正され、離陸着陸時にも電波を発さない電子機器が扱えるようになったため、窓側の席からデジカメを使って離着陸時の風景を撮影しています。




展望台から、飛行機の運行に携わる様々な人の動きを見ていると、実に多くの人が定刻出発にむけて一生懸命働いていることがわかります。
改めて、多くの人に支えられて飛行機が安全に運行できていることに感謝しながら、日々利用させていただいています。


羽田空港や伊丹空港とは異なり、地方の空港では離発着の便数が少ないため、シャッターチャンスは減少します。
それでも空港周囲の風景を見て、四季を感じていると飽きることはありません。
(鹿児島空港からは霧島連山、神戸空港からは六甲山や眼前に広がる大阪湾が見えます。)

年を重ねるにつれ、楽しめる趣味を持つことをお勧めします。

写真を撮ることは一人でも楽しめる趣味です。
読書やウォーキングもそうですね。


一人で楽しめる趣味も大切ですが、それ以上に大切にしているのは、家族との食事や旅行の時間です。
趣味と家族を大切にして、日々を楽しみましょう。
市民公開講座や、各地で行っている講演の前後には、個別の相談会を開いています。

田舎の講演会場に行くと「どのようにしたら、センターでセカンドオピニオンを受けることができるのですか?」という質問がよくあがります。
話を聞くと、主治医の先生に他の病院を紹介してもらうことは失礼なことだと思いこんでいる方が多く、【主治医の先生だけ】の考えの元、治療が進んでいることも多いようです。

また、自分の受けたい治療を相談し、セカンドオピニオンをお願いした途端、医師から厳しい言葉でまくし立てられたという方もいらっしゃいました。


他にも、医師が患者さん本人や家族に、汚い日本語で「何をしても治らないのだから…」といった内容を伝え、患者さんや家族が涙を流すといったお話も聞きました。

この話を聞いて、そんなひどい医師はいないだろうと思っていましたが…
立て続けに別の講演会場でも同じ類の話を聞き、未だにそのような医師が存在しているのだと驚きと悲しみ、怒りを覚えました。

私は、患者さんやそのご家族と話しをする時、自分の両親や祖父母に話をする気持ちで接しています。
そうすると、どんなひどい状況であっても、汚い言葉でしゃべることはできません。


若い先生へのお願いです。
医師にとって大切なことは、優しさです。

病状が厳しいときでも優しく、綺麗な日本語で説明をして下さい。
私たちの優しさは、患者さんの未来を明るく照らす希望の灯火になるでしょう。
指宿では、陽子線治療を極めるべく日々奮闘していますが、時々、全く違う研究者の考えを聞きたくなるため、定期的に大学の先生とのディスカッションをする時間を作っています。

1994年、長く勤めた大学病院から兵庫県に移動して、最初に始めたことは、物理の先生達との装置に関するディスカッションでした。
毎週毎週、千葉の研究所に行き、物理の専門家、メーカーの技術者と数時間の議論を続けました。

その時に痛切に感じたことは、同じことについて、同じ言語(日本語)で話をしているのに、それぞれの専門家で感じ方が全く異なるということです。

医師にとって、物理の先生の常識は非常識でありましたし、その逆もまた然りでした。
このことは、当時の私にとって大発見でした。

様々な視点から「陽子線」について本気で考え、意見を交換した当時のディスカッションは、間違いなく今日の陽子線治療に活かされています。


「専門家の講演を一般の人が聞くと、難しくてわからないことが多い」という意見をよく耳にします。

講演者からすると「同じ日本語なんだから、きちんと説明すれば分かってもらえるだろう」と思いがちですが、感じ方、知識の度合いが全く違うと言うことを理解しておかなければ、眠たい講演会になってしまうでしょう。


このような経験から、私は異なる目線を持つ他の分野の専門家と話をしたくなります。
ディスカッションを通して脳が活性され、また新しいアイディアが思い浮かびます。

そのアイディアが、陽子線治療の未来を作ると信じています。