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[粒子線治療][陽子線治療][菱川良夫] 名誉センター長のこばなし ~がんから学ぶこと~

一般社団法人 メディポリス医学研究所
メディポリス国際陽子線治療センター 名誉センター長
菱川良夫による講演からの小話。

先日、当センターで治療を終えられた患者さんから手紙が届きましたのでご紹介します。

「今どきの病院は、上から目線で受付嬢までが高圧的な病院がザラにあります。」

最先端の医療を提供している当センターも、そのような医療施設だと思われていたそうです。しかし...


「初日受付に立って名前を告げた時、開口一番、満面の笑顔で『お待ちしておりました』の挨拶に自分はどこか違った場所にきたのではないかと一瞬錯覚してしまいそうになりました。」

「この『お待ちしておりました』の一言に、やさしい心遣いと患者一人一人に対する気配りが感じ取れてとてもハッピーな気分になりました。」



「がん」と宣告されてから、治療を受けるまでは絶望的な気持ちだったというこの患者さんですが、手紙から心身ともに回復した様子を感じ取ることができ、嬉しくなりました。

スタッフには「幸せな医療の提供」をしたいと常に言い続けてきました。
受付の彼女たちも、私の言葉を理解し実践してくれていることを感じ、この手紙を見て幸せな気持ちになりました。


言霊。

私たちが発する一言一言には 力 が宿っています。
人を傷つける言葉ではなく、人を幸せにする言葉を選んで声に出していきたいですね。
先日、沖縄県で講演を行いました。

前日の土曜日に鹿児島から沖縄に移動しました。
直行便の飛行機で行きたかったのですが、あいにくの満席で、奄美大島で乗り換える便しか取ることができませんでした。

その日の奄美大島付近は天候不良で、欠航便が目立つ日でした。

私の便は運良く欠航にはならず、鹿児島空港を飛び立つことができました。
視界不良のため奄美大島上空で約20分間旋回して着陸の待機をしましたが、なんとか無事に着陸することができました。

着陸と同時に、携帯電話で乗り換えの便(奄美大島 → 那覇)を調べたところ、天候不良のために欠航となっていました。



しょうがないなあ...。


講演は明日の午後。
今日は奄美大島に泊まり、明日の午前の便で那覇に行くことを決め、変更のためカウンターに向かいました。

カウンターで問い合わせたところ、奄美大島から沖縄に行く便は、午後に1便あるだけで、午前の便がないということを知りました。

「どうしても日曜の午前中に那覇に着きたい」と相談したところ、
「今から、鹿児島に戻り、福岡を経由して那覇に向かえば今日中につけますよ」とアドバイスをくれました。


考える余裕はありません。鹿児島に戻る便はすでに搭乗が始まっていたからです。
すぐさまそのプランに決め、発券してもらい、搭乗口に向かいました。

鹿児島空港に無事に着き、鹿児島から福岡への臨時便(震災による新幹線不通のため)は、私も含めた10人ほどの乗り換え客を待つため30分遅延していました。
搭乗口までみんなで走り、無事に乗り継ぎました。

福岡に着いた便から沖縄に向かうのは私だけだったようで、係りの女性が出口で私の到着を待っており、搭乗口まで先導してくれました。
福岡でも待ち時間なく乗り継ぎ、19時過ぎに沖縄に到着しました。


奄美大島には40分ほど滞在しましたが、それから後は、乗り換えの時間が短く、機内の座席以外で座ることなく動き回っていました。

それぞれの乗り換え時間があまりにも短かったので、最初に預けた荷物が届いていないのでは...と不安に感じましたが、那覇のターンテーブルで私のキャリーバックと再会し、日本の航空会社の凄さを実感しました。


大変な1日でしたが、何とかなるものですね。
最近の10日間。

1日目 東京の報告会に出席し日帰り
2日目 鹿児島で講演し神戸へ
3日目 神戸から大阪に移動し、講演
4日目 大阪から鹿児島を経由して台湾へ
5日目 台湾で数名の方に挨拶をして、大阪へ
6日目 大阪で複数名の患者相談を受け、神戸へ
7日目 神戸から四国へ行き講演
8日目 四国の別の場所に行き講演し、神戸に移動
9日目 神戸から名古屋に行き講演し、日帰りで神戸へ
10日目 神戸から鹿児島へ

このように各地を転々とする私にとって、スケジュールの管理は非常に大切です。
そんなスケジュールの管理と、移動のチケットや宿の手配は複数名いる秘書が対応してくれています。

私の秘書達は、1日ごとのスケジュールとチケットを、日付が記されたファイルに入れて渡してくれます。したがって、私はそのファイルを持って、決められた通りに各地に移動すれば良いわけです。

スケジュールの準備と管理は、大変な作業です。
1つでも間違えれば目的地に到着しない可能性もあるため、秘書たちは集中して完璧に仕事を遂行してくれています。


今回も、10日目に何事も無く鹿児島に帰ってくることができました。
秘書の皆さん有難う。

講演会や患者さんの相談、会議など、表立って活動しているのは私ですが、私を支えるためにたくさんのスタッフが頑張ってくれています。
そんなスタッフを支えるため、私も楽しみながら飛び回って仕事をしています。
昨年の4月初旬のこばなしで、アナグマに出逢った話をしました。
桜が終わり、おたまじゃくしも出始めたころでした。

第195回 考察
http://ameblo.jp/ptrc/entry-12015003655.html


そんなことを思い出しながら、天珠の森を散策していると、今年もまたアナグマに出逢いました。
去年と比べると、少しぽっちゃりしているようです。




一生懸命、土を引っ掻いて餌を探しています。
あまりにも熱中しており、私が近くで写真を撮っていることにも気がつきません。

どうしても顔の写真を撮りたかったので、咳払いをしたところ、
ようやく顔を上げ、何事かなあとこちらを見てくれました。




それも一瞬で、おじさんがカメラで撮影しているだけであることを確認し、また一生懸命土ほりかえして餌探しを再開しました。


センター周辺の春は、花が咲き、鳥が鳴き、警戒心のないアナグマが出ます。
世界でもめずらしい「のんびりとした」がん治療施設です。

過去のこばなしで、私は「お疲れ様」という言葉が好きではないと書きました。

第166回 おやっとさぁ
http://ameblo.jp/ptrc/entry-11931388677.html


スタッフには口頭で何度も伝えているので、センターで「お疲れ様」と声をかけられることはほとんどなくなりました。

しかし、その他の場所では、ことあるごとに「お疲れ様でした」と言われます。

歯科の診察が終わって、支払いを終えて帰るとき。
東京に出張した際、そこで出逢った人と別れるとき。

この挨拶は、日常的に何となく使われています。


多くの人は空間を移動した時や時間が経過した時に、この言葉を使っているようです。

実際、長距離の移動などの場合、疲れることもあります。
見るからに疲れている人を見て「お疲れ様でした」と声をかけたことから、この慣習が始まったのではないかと考えます。

しかし移動者の中には、私のように、移動を楽しんでいる人もいます。
移動を楽しみ、その結果、元気になる人もいます。

その為、全ての人に機械的な挨拶として「お疲れ様」というのは好ましくありません。


出逢った時の相手の様子をよく見て、本当に疲れている人には「お疲れ様」と声をかけるのが良いのではないでしょうか。

私の場合には、「お元気ですね」と声をかけてください。