子供が長ずるに従い
どの子についても
悩まされる。
子供は
自分の意思や
周りからの情報を糧に
出来るだけ自分で
判断を下そうとする。
少ないながらも
自らの経験や知識から
最善の選択肢を探り
それを選び取って進む事を
学んで欲しい、
そして
それを実現できるように
育って欲しいと願い
その能力を獲得し
より高めていくことについて
親は応援するものだ。
しかし、
彼が考え、
その末に選んだ道が、
親の思っている道と
異なってる事もある。
その途端、
親は子供の意思と
それを貫く上での
最大の障害物となる場合があるようだ。
親は
子供よりも
少なくとも多少長く濃い
社会経験や
そこから得た知識を
持っている。
そして
そこから導かれた
子供にとって
親が望ましい考える
未来像がある。
子供の選択が
不幸にしてそれらと異なった場合、
理不尽にも親の権限をもって
子供の判断に
異を唱える。
子供の情報収集能力や
そこから導かれる判断力をこそ
育みたいと願ってきた親が、
彼がその結果選んだ進路について、
親が自らの情報や判断から得た
希望する進路と違った途端、
子供の選択全てを否定する、
というのは
エゴにしか過ぎないと思うのだが、
当の本人は
「それは別」になるらしい。
困ったもんだ。