ぼんやりTVを見ることは余りないけれど、
ふと点けたら面白いのをやっていて
見入ってしまうことがたまにある。

先日も
何の気なしにBSにチャンネルを合わせたら
ジュール・ヴェルヌ原作のディズニー映画
「海底二万哩」がかかっていた。

原作は子供のころ
児童読み物みたいなので読んだことがあったと
記憶しているのだが、
細かいところは良く覚えていない。

じっくり見てみたが
面白かったなぁ。

記録を引っ張り出してみると、
数年前に家族で旅行をし、
ディズニーシ―を楽しんだことがあった。
あの時入ったアトラクションの雰囲気、
今考えると
この映画に登場するノーチラス号の内装やムードを踏襲していたんだなぁと
今頃になって気が付いた。

現代にも通じるというか
現代でこそより強烈なアイロニーを含んでいる。
特にエンディング。
ネモ船長の言葉は大変重い。

大震災以降、
原発の再稼働や原子力発電政策そのものに対して、
ややブレーキがかかるかに見えたが
それも最初の内だけ。
最近では
喉元過ぎれば何とやらで
再びプラトーンの火を手にしようとしている。
あれだけ痛い目に遭わされたのにも関わらず、だ。

間もなく来る暑い季節に、
日本では国の良く末を決める投票がまた行われる。
熟慮が必要かと。

以前、同じ作家さんの「カラスの親指」という作品を読んで読後レポートをアップしていた。
何だかひっそりと映画化されていたが、
残念ながら余り当たらなかったようだ。
しかし、
作品自体は面白く、
幾つかの作品では文学賞を取っていたので、
是非ともその他の作品にもトライしたいなと思っていた。
で、今回はこれ。

道尾秀介「龍神の雨」

降りしきる雨よ、願わくば、僕らの罪のすべてを洗い流してくれ―。
すべては雨のせいだった。
雨がすべてを狂わせた。
血のつながらない親と暮らす二組の兄弟は、
それぞれに悩みを抱え死の疑惑と戦っていた。
些細な勘違いと思い込みが新たな悪意を引き寄せ、
二組の兄弟を交錯させる。
両親の死の真実はどこに?
すべての疑念と罪を呑み込んで、
いま未曾有の台風が訪れる。
慟哭と贖罪の最新長編。
という謳い文句。

2010年大藪晴彦賞受賞作品だそうな。
若干古いですよね。
ハードボイルドタッチ、
というより質感がへヴィーです、確かに。
「カラス」の軽妙さとは
かなり毛色が違います。

以下、いつもの如く
軽いネタバレ含みますので、
未読のかたはご注意を。

登場する子供たちが
それぞれに一生懸命で、
しかしお互いを思う余りに
微妙にすれ違い、
やがてそれが大きな歪みを呼び、
更なる悲劇へと繋がっていく。
京極夏彦さんの古典怪談シリーズ
「嗤う伊右衛門」とかに
近い匂いを感じます。

ミステリーとしての謎解きの部分、
「成程っ!やられた!」という
見事なトリックというほどではないけれど、
ミスリードが絶妙。
単純な展開かと思いきや、
後半に差し掛かり
「おや?」と違和感を感じさせるところから
一挙に謎解きへとなだれ込む
その展開は見事です。
小さなミスリードは
実に細部にわたっていて感心します。

しかし何よりも
上手いなぁと感心させられたのは
そのスピード感。
もともとシンプルな描写が多いのだが、
後半に入ってからはページを繰る手を止めさせなかった。
それは恐らく
ストーリーの運び方の上手さによるものではないかと。
登場人物たち一人ずつ
じっくりと状況を語られる前半は
チャプターの分量もそれなりに長い。
それに比べて、
彼らが徐々に重なって登場する場面が増え、
サスペンスのテンションが上がり、
クライマックスへ向けて加速していく後半では、
チャプターの長さが徐々に短められ、
最低だと1ページ程度までに切り詰められる。
大変スピーディーであり
かつ読者をグイグイと引っ張っていく。
見事でした。

ですから、
人物描写については
凄く長けているんだと思いますね。
登場人物一人ひとり、
「あぁ分かるなぁ」とか、
「居るよねぇそういう奴」とか、
一々感情移入出来る。
これ、凄い筆力というか
心理描写、人間描写力だと思います。

ラストは救いとも何とも云えない
やるせないものでしたが、
不思議と
良い読後感を持って本を閉じることが出来ました。

「カラス」も含めて見ると、
とても振り幅の広い作家さんだと思います。
書評や巻末解説などを見ると
それがこの作家さんの売りというか目標のようで。
「向日葵の咲かない夏」なんかも良さげですね。
引き続きトライしてみたいです。


前回のブログでも予告していたが
今回の読後レポートはこれ。

中山七里「スタート!」
http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC/dp/4334928579

正気じゃ作れない。
狂気でも作れない。
映画は本気で作るんだ!
デビュー作にして大ヒット作
『さよならドビュッシー』の映画化を控える著者が、
しがらみをモノともせずに、
本気で映画業界のリアルに迫る! 
熱血モノ作りエンタ!!
という謳い文句。

現在はうだつの上がらない映画製作のAD宮藤映一。
彼のもとに一本の電話がかかる。
それは
以前映一が師事していた映画監督
大森宗俊の新作制作への誘いだった。
かつては名監督として世界に名を馳せた大森も
今では病魔に侵され半死半生の老いぼれだ。
それでも、新作が物凄い傑作になることは、
誰も全く疑っていなかった。
しかし映画製作は綺麗事では出来ない。
莫大なカネがかかる。
口を出したがるヤツも多い。
頑固一徹な天才監督と軽薄で無能なプロデューサーの衝突。
スケジュールはしじゅう変更になるし、
軽薄な二枚目スターとスキャンダルまみれのアイドル。
実力のある俳優にもクセがある。
さらに、
何者かの妨害も入れば事件も起こる。
そして遂に、というストーリー。

以降若干のネタばれがあるかも。
未読の方はご注意を。

映画のタイトルは「災厄の季節」
うむ?と思ったが、
なんと同じ中山七里作品「連続殺人鬼カエル男」の原題ではないか!
こちらが以前アップした読後レポート。
http://ameblo.jp/ptno4/entry-11133955456.html

自作「さよなら」の映画化のタイミングに合わせて出版する
映画製作を舞台とした小説の原作を
同じく自作から引いてくるとは。
登場人物の名前から台詞まで
殆ど丸々そのまま。
うむむ、やるなぁという感じ。

大森監督の姿に
「さよなら」や
こちらも読後レポートアップした「要介護探偵の事件簿」
http://ameblo.jp/ptno4/entry-11284881954.html
にも登場した
香月玄太郎じいちゃんの匂いを感じる。
傍若無人ながら
自分の目標へとがむしゃらに突き進む姿に
どこか重なる部分があるのか。
同時に、
芸術は自分に従うという傲岸さや
モノを作るという行為の激しさや崇高さ、
芸術至上主義には
岬先生を初め
音楽シリーズの登場人物のイメージがダブる。

また、
野次馬で品性下劣という
ステレオタイプな芸能レポーター役として
「さよなら」にも登場した宮里も
再びお騒がせキャラとして登場していて、
クスリとさせられる。

以上、キャスティングから見ると、
中山作品を知っていればいるほど楽しめる作品だと思います。

ミステリとして見ると、
トリックや論理性はスマートだと思う。
そしてそれよりも面白いと思ったのは
そのトリック上の構造。
この作品は
「カエル男」に酷似していると思う。
映画の原作がそうであるという設定は勿論、
実行犯の裏に更にもう一つ、
しかしその罪を問うことは出来ない
大いなる悪意が存在するという部分で
非常に近いと言える。
その点でハタと膝を打ったのでした。

途中で
素人評論家がブログで他人の作品を好き放題評価するなんて云々という件があり、
現在書き散らしているこのブログや
その意味について
やや身につまされる部分もありましたね。
「商売でもないのに他人の作ったモノ批評して何が面白いのかね」
「モノ作りしている連中はそれに一生懸命で、
他人の作ったモノにあれこれ口出しするような暇はない」
ともに大森監督の言葉ですが、
うーん、辛い所です。
好きだから紹介したいという思いもありますが、
確かに現在、自分自身が
音楽を初めその他クリエイティブな活動をしていないので、
そんな変な余裕があるのも事実ですしね。
このブログのあり方や
今後の自分自身の音楽活動を考える必要を少し感じました。

取り敢えず
この作品面白かったぁ!
とだけ言っておきましょうか。