垂仁天皇陵
唐招提寺を出て、降り立った西ノ京より
奈良よりの尼ヶ辻駅のほうが近いのではないかと、
テコテコ歩きましたが、意外と遠かった。
でも、こんもりしたものが見えてきた。
だいたい奈良でこういうのに出会うと古墳です。
垂仁天皇陵
垂仁天皇すいにんてんのうは、11代天皇で、崇神天皇の第四皇子
このあたりの天皇は伝説的な方々ですね。
垂仁天皇の第三皇女が、伊勢神宮を神託により創建された倭姫命です。
子供の教科書を見ていたら、
私たちが習った仁徳天皇陵が大仙古墳に変わっていてびっくりしましたが、
考古学研究所に勤務していたというママ友に聞いたら、
「仁徳陵というのは、あくまでも伝説で、学術的に立証されているわけでないから」
と、いうことでした。
そういう意味では、ここが本当に垂仁天皇陵なのかどうか
定かではありませんが、わからないところにロマンを感じます。
カメラが壊れたので、携帯画像
奈良よりの尼ヶ辻駅のほうが近いのではないかと、
テコテコ歩きましたが、意外と遠かった。
でも、こんもりしたものが見えてきた。
だいたい奈良でこういうのに出会うと古墳です。
垂仁天皇陵
垂仁天皇すいにんてんのうは、11代天皇で、崇神天皇の第四皇子
このあたりの天皇は伝説的な方々ですね。
垂仁天皇の第三皇女が、伊勢神宮を神託により創建された倭姫命です。
子供の教科書を見ていたら、
私たちが習った仁徳天皇陵が大仙古墳に変わっていてびっくりしましたが、
考古学研究所に勤務していたというママ友に聞いたら、
「仁徳陵というのは、あくまでも伝説で、学術的に立証されているわけでないから」
と、いうことでした。
そういう意味では、ここが本当に垂仁天皇陵なのかどうか
定かではありませんが、わからないところにロマンを感じます。
カメラが壊れたので、携帯画像
唐招提寺
薬師寺から少し歩くと唐招提寺です。
薬師寺とともに世界遺産の登録されています。
律宗の総本山で、鑑真和尚によって建立されました。
鑑真和尚は6回目の渡航で、やっと日本に到着されたときには
失明されていました。
なかなか簡素な門(昭和の再建)
ウメモドキかなあ
正面に見えるのが、国宝 金堂
慮舎那仏、薬師如来、千手観音、四方を守護する四天王
梵天、帝釈天
中の仏様は、みな国宝で、圧倒されます。
こちらの千手観音は本当に千手だったそうです。
国宝 講堂
京都では禅宗のお寺に行くことが多いので、伽藍が違うなあ。
東寺と同じだなあと思いながら、歩いていました。
東寺が平安遷都のときにできたお寺なので、こちらが原型なのですが。。。
国宝 宝蔵
校倉造
東寺にもこんな宝蔵があります。
東寺の宝蔵前には防火を兼ねた池があります。
重文 礼堂
仏舎利を礼拝するところ
ぜーんぶ国宝やん!
と、愕いています。
京都は応仁の乱で焼けたので、
ほとんどが室町以降の建物で、せいぜい重文どまりで、国宝が少ないです。
ただ時代だけに左右されるわけでもなく、
東寺の五重塔は江戸時代のものですが、国宝に指定されています。
旧開山堂(だと思う)の前にある松尾芭蕉句碑
元禄元年(1688)鑑真和上坐像を拝した際に芭蕉が詠んだ
「若葉して御目の雫拭はばや」
の句が刻まれています。
開山御廟に行く瓦塀の道
前に載せた写真を再度
千手観音
秋の日は傾くのが早いなあ
と、思ったら、カメラが壊れてしまいました。
そのまま修理に出さなきゃと思いつつ、まだ出していません!
行ってみると意外と近い奈良でした。
薬師寺とともに世界遺産の登録されています。
律宗の総本山で、鑑真和尚によって建立されました。
鑑真和尚は6回目の渡航で、やっと日本に到着されたときには
失明されていました。
なかなか簡素な門(昭和の再建)
ウメモドキかなあ
正面に見えるのが、国宝 金堂
慮舎那仏、薬師如来、千手観音、四方を守護する四天王
梵天、帝釈天
中の仏様は、みな国宝で、圧倒されます。
こちらの千手観音は本当に千手だったそうです。
国宝 講堂
京都では禅宗のお寺に行くことが多いので、伽藍が違うなあ。
東寺と同じだなあと思いながら、歩いていました。
東寺が平安遷都のときにできたお寺なので、こちらが原型なのですが。。。
国宝 宝蔵
校倉造
東寺にもこんな宝蔵があります。
東寺の宝蔵前には防火を兼ねた池があります。
重文 礼堂
仏舎利を礼拝するところ
ぜーんぶ国宝やん!
と、愕いています。
京都は応仁の乱で焼けたので、
ほとんどが室町以降の建物で、せいぜい重文どまりで、国宝が少ないです。
ただ時代だけに左右されるわけでもなく、
東寺の五重塔は江戸時代のものですが、国宝に指定されています。
旧開山堂(だと思う)の前にある松尾芭蕉句碑
元禄元年(1688)鑑真和上坐像を拝した際に芭蕉が詠んだ
「若葉して御目の雫拭はばや」
の句が刻まれています。
開山御廟に行く瓦塀の道
前に載せた写真を再度
千手観音
秋の日は傾くのが早いなあ
と、思ったら、カメラが壊れてしまいました。
そのまま修理に出さなきゃと思いつつ、まだ出していません!
行ってみると意外と近い奈良でした。
奈良 薬師寺 3
紅葉の記事に押されて、すっかり後回しになった奈良薬師寺の続きです。
正直どこまで書いたのか覚えていない
思わず水煙展をまた書くところでした。
愛子さんのブログで、
薬師寺の東塔の修理にあわせて水煙展が行われることを知り、
11月に薬師寺に参りました。
水煙展の記事はこちら
水煙展のあとは、正月、春秋と公開される玄奘三蔵院を拝観しました。
法相宗は玄奘三蔵が始めたそうです。
HPよりコピペ
この宗の宗旨としては、唐でできたものですが、そのもとは印度の弥勒菩薩[みろくぼさつ]、無着菩薩[むちゃくぼさつ]、世親菩薩[せしんぼさつ]によっ て大成され、護法菩薩[ごほうぼさつ]等によって発展した唯識教学です。紀元七世紀の初め、玄奘三蔵が印度で17年の間仏教教義の修得に勤められました。 その間特に唯識教義の研鑚に勤められました。しかし帰朝後は翻訳に全勢力をそそがれ、教義の発揮は門下第一の逸足といわれた慈恩大師[じおんだいし]に託 されました。大師は師より伝授の法統を巧みに整理し法相宗を開創されました。
ここにも水煙がついています。
瓦屋根も面白い。
平山郁夫画伯の大唐西域壁画もすごかったです。
ラピスラズリの色がとてもきれいで。。。
奈良と京都って近いようで遠い。
なかなか行きません。
それでいて、行ってみると意外と近い気もする。
そんなビミョーな距離感です。
その上、奈良と一口に言っても、奈良の中で遷都が行われていたり、
わりと観光スポットが分かれています。
薬師寺は西ノ京といわれる場所にあります。
西ノ京には薬師寺と唐招提寺があります。
薬師寺を出て、唐招提寺へ。。。
土塀の道を行きます。
笹の生垣が珍しくて、思わずパチリ
こういうところが、京都にはない奈良っぽさですよね。
長屋門のような構えの民家
奈良は京都より嫁ぐのが大変といいます。
「自分の住んでいるあたりは、男女が並んで歩いていたら、
『あそこの子はもうすぐ結婚する』とうわさされる」とか、
「友達が、子供ができるまで入籍しなかった」
とか、友達から聞いたことがあるんですけど。。。
この20年で変わったでしょうか。
こんな狭い道をバスが行ったので、思わずパチリ
奈良にはゼッタイ車で来ません!
ここを曲がれば、唐招提寺です。
正直どこまで書いたのか覚えていない

思わず水煙展をまた書くところでした。
愛子さんのブログで、
薬師寺の東塔の修理にあわせて水煙展が行われることを知り、
11月に薬師寺に参りました。
水煙展の記事はこちら
水煙展のあとは、正月、春秋と公開される玄奘三蔵院を拝観しました。
法相宗は玄奘三蔵が始めたそうです。
HPよりコピペ
この宗の宗旨としては、唐でできたものですが、そのもとは印度の弥勒菩薩[みろくぼさつ]、無着菩薩[むちゃくぼさつ]、世親菩薩[せしんぼさつ]によっ て大成され、護法菩薩[ごほうぼさつ]等によって発展した唯識教学です。紀元七世紀の初め、玄奘三蔵が印度で17年の間仏教教義の修得に勤められました。 その間特に唯識教義の研鑚に勤められました。しかし帰朝後は翻訳に全勢力をそそがれ、教義の発揮は門下第一の逸足といわれた慈恩大師[じおんだいし]に託 されました。大師は師より伝授の法統を巧みに整理し法相宗を開創されました。
ここにも水煙がついています。
瓦屋根も面白い。
平山郁夫画伯の大唐西域壁画もすごかったです。
ラピスラズリの色がとてもきれいで。。。
奈良と京都って近いようで遠い。
なかなか行きません。
それでいて、行ってみると意外と近い気もする。
そんなビミョーな距離感です。
その上、奈良と一口に言っても、奈良の中で遷都が行われていたり、
わりと観光スポットが分かれています。
薬師寺は西ノ京といわれる場所にあります。
西ノ京には薬師寺と唐招提寺があります。
薬師寺を出て、唐招提寺へ。。。
土塀の道を行きます。
笹の生垣が珍しくて、思わずパチリ
こういうところが、京都にはない奈良っぽさですよね。
長屋門のような構えの民家
奈良は京都より嫁ぐのが大変といいます。
「自分の住んでいるあたりは、男女が並んで歩いていたら、
『あそこの子はもうすぐ結婚する』とうわさされる」とか、
「友達が、子供ができるまで入籍しなかった」
とか、友達から聞いたことがあるんですけど。。。
この20年で変わったでしょうか。
こんな狭い道をバスが行ったので、思わずパチリ
奈良にはゼッタイ車で来ません!
ここを曲がれば、唐招提寺です。







