加茂川散歩
お祝いコメントたくさんありがとうございました。
うれしかったですヾ(@^(∞)^@)ノ
ちょっと出たついでに加茂川沿いを行きました。
シモツケソウ?
増水していたせいか、こんな生き物に出会いました。
クサガメ
写真ではわからないけど、まだ手のひらサイズの子どもです。推定1歳
橋の下だから、水際がすぐです。
とことこ逃げました。
小さくてかわいかったので、拉致しようかと思いましたけれど
うちには2匹いますし、
その2匹もいつも自然にいるのと、飼われているのと
どっちが幸せなのかなあと思います。
大きいほうはもうそろそろ10年になろうとしています。
亀は20年くらい生きるらしいし、
これから20年したら、私いったいいくつよ!?
と、お別れしました。
うれしかったですヾ(@^(∞)^@)ノ
ちょっと出たついでに加茂川沿いを行きました。
シモツケソウ?
増水していたせいか、こんな生き物に出会いました。
クサガメ
写真ではわからないけど、まだ手のひらサイズの子どもです。推定1歳
橋の下だから、水際がすぐです。
とことこ逃げました。
小さくてかわいかったので、拉致しようかと思いましたけれど
うちには2匹いますし、
その2匹もいつも自然にいるのと、飼われているのと
どっちが幸せなのかなあと思います。
大きいほうはもうそろそろ10年になろうとしています。
亀は20年くらい生きるらしいし、
これから20年したら、私いったいいくつよ!?
と、お別れしました。
グラン ヴァニーユのバースデーケーキ
先日 ワタクシ誕生日でした。
誰も覚えていなかったという悲しい年もありましたが、
今年は朝起きたら長男が
「お、今日誕生日やったなあ」
と言いましたので、
まあそれでよしとするか
と思っていました。
今年は自分でパティスリー グランヴァニーユさんのケーキを予約しました。
ここはイートインもできるので、
夕方に行くと全くなにも残っていないという人気店。
ピスタチオのケーキとかおいしそうでしたが、
ホールはないので、ラズベリーケーキでお願いしました。
自分で名前をお願いするのも照れくさいので、名前はなし。
クリーム、スポンジ、ゼリー地と7層くらいになっています。
なんということでしょう。
長男から鼓月のお菓子が!(自分も食べたいもの)
三男からは花が贈られたのでした!
男の子はつまらないな
と思っていましたが、かわいいです。
まだ彼女はいません(;^_^A
誰も覚えていなかったという悲しい年もありましたが、
今年は朝起きたら長男が
「お、今日誕生日やったなあ」
と言いましたので、
まあそれでよしとするか
と思っていました。
今年は自分でパティスリー グランヴァニーユさんのケーキを予約しました。
ここはイートインもできるので、
夕方に行くと全くなにも残っていないという人気店。
ピスタチオのケーキとかおいしそうでしたが、
ホールはないので、ラズベリーケーキでお願いしました。
自分で名前をお願いするのも照れくさいので、名前はなし。
クリーム、スポンジ、ゼリー地と7層くらいになっています。
なんということでしょう。
長男から鼓月のお菓子が!(自分も食べたいもの)
三男からは花が贈られたのでした!
男の子はつまらないな
と思っていましたが、かわいいです。
まだ彼女はいません(;^_^A
下鴨の谷崎潤一郎旧宅
下鴨神社を通過して訪れたのは
谷崎潤一郎旧宅
谷崎は40回以上の引越しをしたそうです。
東京生まれの谷崎は地震恐怖症で
関東大震災を機に関西に移住します。
関西の文化に触れ、数々の名作を世に生み出します。
こちら下鴨神社のそばにある潺湲亭せんかんていでは
昭和24年から昭和31年をすごしました。
引越し魔の谷崎にしては長いですね。
庵は太い日本の杉丸太の正門を入ると、
石畳の路次の奥にもう一つ中門があった。
路次の両側にはささやかな竹が植わってゐ、
朝鮮から運んできたらしい李朝の官人の石像が二つ相対してゐた。
中門は杉皮を桧皮葺のやうに葺いた屋根があって、
ここの門は常にとざされていた。
ー小説《夢の浮橋》
この門の後ろに見えるのが糺の森
谷崎と松子夫人が暮らした母屋
作庭は不明
北隣にある泉川亭☆は小川治兵衛の作庭なので、
こちらもそうかもしれないということです。
☆川端康成が《古都》を執筆した場所
ただこのように庭がすり鉢状になっているのが、
他の社家の庭に見られるので、
もともとあった庭に植治が手をくわえたのではないかでしょうか。
非公開の潺湲亭ですが、
谷崎の世界のどっぷりつかれました。
谷崎潤一郎旧宅
谷崎は40回以上の引越しをしたそうです。
東京生まれの谷崎は地震恐怖症で
関東大震災を機に関西に移住します。
関西の文化に触れ、数々の名作を世に生み出します。
こちら下鴨神社のそばにある潺湲亭せんかんていでは
昭和24年から昭和31年をすごしました。
引越し魔の谷崎にしては長いですね。
庵は太い日本の杉丸太の正門を入ると、
石畳の路次の奥にもう一つ中門があった。
路次の両側にはささやかな竹が植わってゐ、
朝鮮から運んできたらしい李朝の官人の石像が二つ相対してゐた。
中門は杉皮を桧皮葺のやうに葺いた屋根があって、
ここの門は常にとざされていた。
ー小説《夢の浮橋》
この門の後ろに見えるのが糺の森
谷崎と松子夫人が暮らした母屋
作庭は不明
北隣にある泉川亭☆は小川治兵衛の作庭なので、
こちらもそうかもしれないということです。
☆川端康成が《古都》を執筆した場所
ただこのように庭がすり鉢状になっているのが、
他の社家の庭に見られるので、
もともとあった庭に植治が手をくわえたのではないかでしょうか。
非公開の潺湲亭ですが、
谷崎の世界のどっぷりつかれました。
南禅寺方丈
走っていると
お! 狩野元信邸跡!
何がご縁があるのかしらと
初期の狩野派の画が収められている南禅寺に向かったのです。
ご本尊にお参りです。
沙羅
夏椿のことです。
ご住職のいらっしゃるのが方丈
方丈は後陽成天皇から下賜されたもので、国宝
こちらに狩野元信、その孫永徳、そのまた孫の探幽の画が収められていますが
多くが複製に変っています。
中でも狩野永徳は織田信長、豊臣秀吉のお抱え絵師として
安土城、聚楽第、大阪城の障壁画を描いていますが、
現存する画が少ないのです。
先日永徳の描いた織田信長像が博物館で展示されていましたが、
面識があるために、教科書に載っているものよりも
神経質そうな顔の信長のほうが実物に近いといわれています。
お庭は小堀遠州作と伝わります。
御所の建物らしい蔀戸しとみど
窓が全開か閉めるかしかできないので、不便
屋根はこけら葺
雨上がりで水蒸気が上がっています。
前回来たときは、大雨で裏山が崩れていましたが、
この大雨も心配ですね。

お! 狩野元信邸跡!
何がご縁があるのかしらと
初期の狩野派の画が収められている南禅寺に向かったのです。
ご本尊にお参りです。
沙羅
夏椿のことです。
ご住職のいらっしゃるのが方丈
方丈は後陽成天皇から下賜されたもので、国宝
こちらに狩野元信、その孫永徳、そのまた孫の探幽の画が収められていますが
多くが複製に変っています。
中でも狩野永徳は織田信長、豊臣秀吉のお抱え絵師として
安土城、聚楽第、大阪城の障壁画を描いていますが、
現存する画が少ないのです。
先日永徳の描いた織田信長像が博物館で展示されていましたが、
面識があるために、教科書に載っているものよりも
神経質そうな顔の信長のほうが実物に近いといわれています。
お庭は小堀遠州作と伝わります。
御所の建物らしい蔀戸しとみど
窓が全開か閉めるかしかできないので、不便
屋根はこけら葺
雨上がりで水蒸気が上がっています。
前回来たときは、大雨で裏山が崩れていましたが、
この大雨も心配ですね。







