下鴨神社の梅が見頃
今日から3月です~(((( ;°Д°))))
時間の速さにオロオロ(゚ロ゚;))((;゚ロ゚)オロオロ
となっております。
冬の空気と春の空気がぶつかって大荒れの天気です。
ふだんは1日というと、掃き清められた境内ですが、
枝葉が散らばっています。

時間の速さにオロオロ(゚ロ゚;))((;゚ロ゚)オロオロ
となっております。
冬の空気と春の空気がぶつかって大荒れの天気です。
ふだんは1日というと、掃き清められた境内ですが、
枝葉が散らばっています。

光琳梅が目をひきました。
写真を撮る前にお参りです。
いつも不思議に思うのは、家を出るときは雨が降りそうな空でも
お参りに来ると薄日が差してくるんです。
神様が歓迎してくださっているのだと
勝手に思っています。
正面と右手には結婚式の前撮りカップルが写っていますね。
尾形光琳がその画を描いたことから、
光琳梅と呼ばれています。
尾形光琳の旧宅はここから鴨川を越えて
歩いて10分ほどのところにあります。
ホントに美人さんの梅の花です。
急に暖かくなったもので、
アメンボが水たまりに出てきていました。
ホントに50センチ四方の小さい場所なんですけれど。
冬に姿を消していた生き物が出てくると
なんかウキウキした気持ちになりますね。
石峰寺
京阪電車深草駅から東側の山に向かって歩くと
竜宮門が見えてきます。
昭和54年本尊の薬師如来が火災で焼けて
正面の本堂には釈迦如来が祀られています。
また同じような竜宮門
右手に行くと伊藤若冲の墓が見えてきます。
天明の大火(1788年)で家を焼け出された若冲は
1781年あたりから亡くなるまで、ここに滞在し
85歳で亡くなると石峰寺に葬られ
相国寺には遺髪が伊藤家菩提寺の宝蔵寺と相国寺に
埋められているそうです。
この門の向うには伊藤若冲が制作した五百羅漢像があり
そちらのほうは撮影が禁止となっています。
制作時には千体以上あったといわれる石仏は
今は4百数十体です。
お釈迦さまの誕生から、涅槃、賽の河原まで表されています。
帰るころには、雪がちらつきはじめました。
若冲
10年くらい前は
誰やねん?
て思われていた若冲
今はこんなところにも溢れています。
錦市場
家業に背を向け(独身とされているが、大店の長男が独身というのは、当時としては考えにくい。)
画業に専念するようになったと
描きます。
時代は違いますが、
私の行動範囲に若冲の行動範囲が重なって面白い
若冲は相国寺 大典禅師と親しく
子院である金閣寺の書院に絵を描きます。
宮内庁が所蔵する若冲の代表作 動植綵絵は
もともと相国寺に納められたもの
徳川幕府が再建する時
絵師を江戸から呼ぶと高くつくので
京絵師を用いるのに、若冲の意見を聞いたとか?
思いました。
一方 焼け出された若冲はここに身を寄せることに
なります。































