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霧深きエルベのほとり

友人が
一度紅(くれない)さんを見てみたい!
と言うので、昨日は宝塚歌劇に行って来ました。
最近記憶が怪しいので備忘録代わりに観劇日記を書いています。

私も実は紅さんの舞台は初めてでした。
久しぶりに宝塚くさい(いい意味です!)スターさんを見た気がしました。
宝塚は二本立てが基本です。
お芝居は「霧深きエルベのほとり」
かの菊田一夫原作(アニメがヒットする前は「君の名は」と言うと、菊田作品でした。)
初演が1963年
その後何度か再演されていますが、
今回は35年ぶりの再演になります。
その35年前の公演、私見ています❗️
在男役トップ最短記録の順みつきさんが
一回きりのトップを務めた作品でした。
順みつきさんは「風と共に去りぬ」の初演で
ヒロインスカーレットを演じ
月組のイメージが強かったのですが、
花組トップで退団されたのですね。
残念なことに昨年お亡くなりになりました。
ストーリーはあまり覚えていなかったのですが、
紅さんがオープニングに銀橋で
♫カモメよ〜
と、歌い出した途端、
ビール祭りの「うたかたの恋」のメロディが浮かび
セリフの一部も覚えていたという
若い時の記憶おそるべし。
今はまったく覚えられませんがね。

ストーリーをざっくり紹介しますと
船乗りカールと
家出少女で名家の令嬢マグリットの
身分違いの恋を描いたものです。
彼女には幼馴染の婚約者フロリアン
がいて
2人を見て身を引くのですが、
所詮住む世界の違うカールとマグリット
カールは
フロリアンこそが
マグリットを幸せに出来ると
わざと手切れ金を受け取って去っていきます。


さすが菊田一夫先生1時間半にうまくまとめてます。最近ではこれくらいのレベルの宝塚オリジナル作品はありません。
祭の熱に浮かされた若い2人が
景色のいいホテルで一夜を過ごし
結婚の約束をする
ホテルの主人は
普通の人は街中のホテルに泊まるとか
ここに泊まるようなカップルで結婚する人はいないとか
言うんだけど
さすが宝塚はこういう状況でも
いやらしさは感じさせないんです✨

そしてカールってこんな男なんだろうな
と思わせるくらい
伝統的な作品は古典的男役の紅さんにはぴったりでした。
友人の言葉を借りると
やさぐれた役をやらせたら
紅さんの右に出る人はいないねと。
カールは
悪い子ぶってホントはすごくいい奴なんです。
品行方正で2枚目の婚約者フロリアン
「兄として言うんだけど」
ホントは兄じゃなくて男性としてマグリットを愛しているんですけどね。
二番手の礼真琴さんは出番こそ少ないですが、
印象に残るフロリアンでした。
娘役の綺崎愛里さんは
世間知らずのお嬢様の雰囲気にぴったりでした。

ショーは星をテーマにしたものでしたが、
1番手二番手を除くと
ダンスに比べて、歌は弱いかなという印象を受けました。
宝塚観劇日記毎月のように続きそうです。

期限をもうけるとしんどい

長男は今日から大学が始まりました。

電車に乗ると学生さんたちがたくさん乗ってきました。

息子がしんどいときに

私は来月になったら行ける

年が明けたら行ける

○年生になったら行ける

と、期待していました。

その期待は裏切られ

そのたびに落ち込んでいました。

 

以下一部は以前のブログのリブログですが、

当時『置かれた場所で咲きなさい』という本が

ベストセラーになっていました。

『つらい夜でも朝は必ず来る』という項で、
オーストリアの精神科医 ヴィクター・フランクルのことが書かれていました。
フランクルはユダヤ人であったため、強制収容所に入れられ、
九死に一生をえました。
収容所の中には
「クリスマスまでには自由になれる」と、期待していた人たちがいました。
しかし、クリスマスになっても戦争は終わらず、
クリスマスの後、彼らの多数は死にました。
二人だけが生き残りました。
クリスマスと限定せず、
「いつかきっと自由になる」と、永続的な希望をいだいていた二人です。
戦争はその数ヵ月後終わりました。
そのときまで生きた人は体が丈夫な人ではなく、
最後まで希望を捨てなかった人だと、フランクルは書いているそうです。 

 

この話を聞いて
期限付きの希望は生きる力をなくすのだなと思いました。
だからこそ永続的な希望を持たなくてはいけない。 

主治医によく言われたのは

「一見早く行かせることがいいように思えます。

でも土台ができていないと

すぐに壊れてしまいます。

今は土台を作っている時期です。

ゲームをしていても

それで救われていることがあります。

起きられないのはしんどいからです。」

先生によっていろいろやり方はあると思います。

「学校を休ませなさい」

という先生の言葉に従ってよかったのだろうか

と思うこともありましたが、

今になってみると

それで正しかったのだと思います。

こちらから休ませなかったとしても

早晩行けなくなっていたでしょうね。

晴れたり曇ったり

今日は部分日食だったようですが、

晴れたり曇ったりでよくわかりませんでした。

一昨日の御霊神社

 

それなりに参拝客がいらっしゃいましたが

いないところを撮っています。
稲荷社
 

 

昨日は少し実家に立ち寄り

大阪で友人たちと新年会をしました。

皆年老いた親を抱えて大変なようです。
会話が子供の話から親の話に移行しています。。。
うちは子供もまだまだ心配なんですけどね。。。
受験生は浜松のお正月を切り上げて
祖父母の家で勉強?まったりする。。。という習慣?があり
三男が
「去年そうしたから今年もそうしたい」
と一足早く新幹線で帰っていました。
枕が変わったせいか、寝不足が続いてしんどかったようです。
 
もともとおしゃべりな子供だった三男
アップダウンがありますが、
アップのときにずっと話続けていました。
その中に過去のつらかった話
というのがありました。
一番つらかったのは
『学校に行け』
と言われることでした。
行きたいけど行けない。
それがわかってもらえないし、つらかった。
私も今思うと
学校に行くことになぜあんなにこだわったのかと
思います。
学校に行くと思って
自分の予定を変えて(送っていくために)待機していたのに行かなかった。
お弁当作っていたのに行かなかった。
すごくイライラしました。
自分の都合でイライラしていたのです。
学校に行った行かないで一喜一憂していたのです。
高校になると
出席はゆるいですから
こちらも休んでもいいや
と思っています。
時間割があっても大学のような授業の取り方ですから
始業時間をこちらは忘れているわけです。
でも時間になると勝手に起きて登校していました。
 
先崎学さんという羽生世代の棋士がいます。
私は将棋を知りませんが、『週刊文春』のコラムを担当され
洒脱な文章を書かれる方で楽しみに読んでいました。
先日『世界一受けたい授業』の講師として出演され
実はうつ病で入院していたことを告白されました。
自殺をしたいとか、そういうことを思うでもなく
ホームに立つとただ線路に吸い込まれていく
そんな気持ちになったそうです。
ですから、電車の到着するぎりぎりまでは
ホームには立たなかったとか。
精神科医のお兄様から頻繁にLINEが来て
「うつ病では絶対死なない。
必ず治る」
と言われたそうです。
ま、動ける時期が来たら動けるということですね。
 
みんないろいろしんどいことがあると思います。
他人と比較することなんかできません。
昨日は学生時代の友人と会って
「学生時代は楽しかったな」
と思いました。
先月は会社の同期と会って
「会社はバブルでいろいろ遊べて楽しかったな」
と思いました。
学生時代も、会社もつらいこともあったのですけれどね。
思い出されるのはむしろ楽しいことです。
人間つらいことは忘れる傾向にあるようです。
(もちろん忘れられないつらい経験もありますが。)
三男は一番しんどかったころの記憶があまりないらしいです。
三男は
「不登校を経験していなければ
傲慢な人になったかもしれない。」
と言っていましたが、
その後
「とはいえ、やはり失ったものは大きい」
とも言っていました。
まだまだ進路は決まりませんが、
教師になることも選択肢の一つと言うと
「こういう経験を積んだ人が教師になると
しんどい子供たちの気持ちがわかるから
とってもいいことですね。」
と主治医に言われました。
 
人間の生甲斐の一つに
「人のためになる」
ということがあるそうです。
自分のしたいことが
人のためになる
そういう人生が送れたら
いうことはありませんね。

下鴨神社

昨日は下鴨神社へ
舞殿に書家の吉川先生の書が展示されていました。

倒木の焚き火

ここでママ友さん達とすれ違いました。
「○○さんが甘酒接待をしてるから
飲みに来たんだけど、場所がわからない」
目の前にあるんですけど?
完売って書いてあります。
「えー! 夕方くらいまでやってるって聞いたのに」
昨日は蹴鞠があったから、早くに完売だったんですね。
残念。
寺社ではあまりおみくじ引きませんが
アメーバみくじをひいてみました。


 
あなたの運勢は・・・
 
 
 
 

2019/01/03

昨日は浜松のサモワールというロシア料理屋さんで夕食をして
帰京いたしました。
ボルシチです。
京都のキエフのボルシチに比べるとシチューというかんじ。
ピロシキが出ましたが、
揚げているの?と思うくらいさっぱりしたお味です。

ロシア風餃子です。

少し酸っぱい(レモン?)タレがかかっています。

 

壺やきです。

中はクリームシチューですから、汁物二つ?というコースでした。
 
大晦日の夕日
向うのほうは海ですから、津波が来たらイチコロ
避難タワーがありますが、あの狭い空間に何人いられるのか。

 

 

結局実家の片付けはお布団3枚

かびた梅干し1瓶(10ℓくらいの)捨てただけでした。

全部捨てればいいのだけど

この布団洗えるし、まだいけるかな。。。とか

私もなかなか捨てられない人なんです。。。

洗えない綿布団はすべて義母の手作りです。

10組以上のふとんがあります。

昔の人はすごいですねえ。

どれだけ時間かけて作ったのでしょうか。

そう思うと捨てられないのです。

片付けをすることは亡き人と向き合うことだと感じました。

 

一方砂が舞う浜松

(砂丘から飛んできます。)

アレルギーの長男は結構大変でした。

鼻水ずるずる、目があけていられない。

布団の埃のせいかもしれません。

休日も開いている眼科に行き、

空気清浄機を買い、新しい布団を買いました。

空気清浄機って高いんですね~

掃除機買おうかどうかずーっと迷っているのですが、

その掃除機より高かった。

 

息子たちは

「いつまで帰省しなあかんのん?」

と言いますが、

普段は誰もいない家で

母子の私物はほとんどないのですが、

行くとご先祖様たちが歓迎してくれている

そんな気がします。

盆暮れの帰省は大事だなと思いました。