烏丸ママのブログ -510ページ目

宇治ショートビジット

2時間くらいで宇治を回りました。
水害が出ないよう浚渫工事中の宇治川
小さな鳥はカワウ

中村藤吉さんは明治に建てられた茶商の建物
お茶の品定めをするための拝見窓
直射日光が当たらない北向き窓
この窓の内側はこうなっています。

もう五月飾りが

その並びにお風呂屋さんがあり
なにやら撮影中
張り紙を見ると
この日3月31日で廃業だったようです。

そして世界遺産 宇治上神社
鎌倉時代の寝殿造風の拝殿です。

いっぱい蔵入りの写真あるので、
出したいのですが、バタバタしています。
またゆっくり挙げたいと思います。

4月1日

4月1日は
水火天満宮に桜を見方々お参り

以前よりずいぶんボリュームが減りましたが
見事に咲いています。
タクシーの運転手さんに連れられた
日本人観光客がかわるがわる来られます。

御霊神社にお参りし
三分から五分咲き

そして息子の入学式でした‼️
その前に
そこの氏神様にお参りしました。
以前からご縁のある神様で
第1希望の大学ではなかったのですが
やはりご縁を感じます。
神職さんとも面識があり
台風被害のお見舞いを申し上げると
大木が倒れた後に若い木が育つので
それはいいのです。
ということでした。

息子2日目寝坊しました。
毎日通うのは久しぶりなので
ちょっと心配ですが、
なんとか頑張ってほしいです。

高瀬川七条あたり

観光地は騒然とし始めました。
最近オーバーツーリズムが問題になっています。
生活空間に観光客が入り込み
日常生活が脅かされる住民
そこに外部から人が入り商売を始める。
古くからのコミュニティとの摩擦
過度な人混みは観光客にも住民にも不快。
なかなか難しいですね。

高瀬川も四条あたりは賑わっていますが
七条あたりは静か
しかしゲストハウスやホテルが出来ていて
びっくりしました。
柳の新芽がまぶしく
みかんがいいアクセント

そして場所によって桜も見頃になってきました。

人がいっぱいだから上だけ撮りました。
この春初めてのツバメ

広島 頼山陽史跡

広島駅前にはこんなレンタサイクルがあったのですが、
着いたときにすぐ路面電車に乗ってしまい気づきませんでした。

これに乗っていたらもっと楽だったろうに。。。

平和祈念公園から縮景園まで結構歩きました。

途中にあったのが

頼山陽史跡資料館

ここも原爆で壊滅的な被害を受けたそうですが

昭和33年に復元されています。

 

頼山陽の住んでいた山紫水明処ってところが

鴨川沿いにあるものですから、

ついふらふら入って行ってしまいました。

 

隣が日本銀行広島支店だったかな。。。

結構町の中心です。

 

頼山陽は江戸時代の儒学者、歴史家

彼の著した『日本外史』は幕末の志士に多大な影響を与えました。

山陽の父が広島藩に仕え、山陽も江戸に遊学しましたが、

後に脱藩し、連れ戻された後、ここに幽閉されていました。

謹慎を解かれた後、32歳で京都へ

京都で20年を過ごしました。

そのとき住んでいたのが鴨川のほとり

山紫水明処

 

 

そして縮景園を出て歩いていると、

幟小学校の前を通りました。

すると平和祈念公園で見た折り鶴のモニュメントが。。。

モニュメントのきっかけになった佐々木禎子さんが

通っていた学校がここだったんですね。。。

歩くと、「あれ!」っていうものに出会います。
 
そして先週実家に帰ったときのこと、
父の友人が訪ねてきていました。
その友人は広島の郊外の出身で
私も2回訪ねて行ったことがあります。
原爆が落ちたときは中学生だったそうです。
広島市内の知り合いに自転車に乗って
食料を届けに行ったりしたそうです。
米が穫れるとそれを自転車に載せて町に行き
魚などと交換したそうです。
「物々交換じゃないと闇になるからのう」
そういうことを10年くらい続けたそうです。
そこの奥さんは広島市観音町で被爆され
手帳を持っておられますが、
モニタリングポストのない時代
おじさんだって結構なレベルの放射能を受けたのではないでしょうか。
お二人とも健康に生活されていますが、
おばさんだって佐々木禎子さんになっていたかもしれないと
改めて思った広島行きでした。

 

本満寺のしだれ桜が見ごろ

御所の帰りに本満寺をまたのぞきました。

日曜日にはまだつぼみでしたが、

見ごろを迎えていました。

西行の歌がぴったりですね。

花の下にて春死なむ