夏休みが終わって
昨日暑い中を歩き回り、
ぼーっとしています。
(また追々記事にします。)
さて、このブログはもともとは子育てブログなんですよ。
新学期にあたり、昔の記事を掘り起こしたいと思います。
地元の小学校では学校が始まりました。
京都市では23日間の夏休みでしたが、
14日間の地域もあり、ちょっとかわいそうだなと思いました。
勉強の遅れは別の機会に取り戻せると思うのですが。。。
とくに夏休み明けは学校に行けなくなる子が多いです。
うちの子もその一人でした。
そのころに載せた記事からの抜粋です。
以前先生が地域版に寄稿された記事ですが、再度転載させていただきます。
夏休みが短くなって
夏休みが終わり、登校できなかった子どもは親たちと苦しみ、不安が募るころです。長い休みは疲れきった心身を休め、「学校に行かなければ」と自分を追い込まなくてすみます。ですから、夏休みが1週間短くなって大きな痛手を受けているのは、これらの子供たちです。「不登校」は日常となり、多くの親子、先生が大変苦慮しています。
子供たちはしんどさが極まると普段難なくできる身づくろいや入浴、散髪ができなくなります。食事のとり方も偏ります。自分を責め、不安が高ずると眠れなくなった結果、起きられず、昼夜逆転にいたってしまいます。ゲームやインターネット、ケータイに没頭するためだと誤解されがちですが、むしろそれらに救われている様子が伝わってきます。
家族がこどものしんどさを理解し、家が安心の場となり、勉強や交友も無理をさせず、子供に任せていると、自分の存在に自信を得ていきます。これがに力になって、社会に踏み出していくさまをたくさんみせてもらいました。
9月に入ると自殺防止週間があります。ひそかに「きえてなくなりたい」と、自分の存在価値が揺らいでいる子供たちに、「たいせつに思っている」と、大人が確かに伝えることが大切だと感じています。
うちの子どうしちゃったの???
という不安の中、毎日欠席の電話をするのがとても嫌でした。
しまいには学校の先生と話したくないからファックスを流していました。
子供の異変を受け入れるまでには時間が必要でした。
たとえ本で読んで知識を入れたとしても
子どもの状態を受け入れるまでは時間がかかります。
身近に共感してもえる人がいなかったから
ブログで知り合ったおかあさんたちは貴重な存在でした。
そしてみんな子供のことを大事に思っている
いいおかあさんばかりでした。
もう10年前のことです。
皆さんどうされているでしょうか。
六地蔵 上善寺
京都の入口に六つのお地蔵様をお祀りしたお寺があります。
お地蔵さまは平安時代小野篁が桜の木で彫ったと言われています。
小野篁は昼は朝廷、夜は閻魔大王に仕えたという平安貴族ですが
閻魔大王の化身が地蔵菩薩らしいので、
小野篁作なんでしょうか???
後白河上皇の勅命により、平清盛が街道六口に六角堂を建て、
六体のお地蔵様を祀ったのが六地蔵の始まりだそうです。
8月22、23日は六地蔵巡りが行われています。
各お寺で幡をもらい、玄関先に置くと、厄病退散になると言われています。
私はだいたい上善寺だけしかお参りしませんが。。。
昔は暑さを避け、夜通しお参りする方がおられましたが、
今年はコロナで朝5時から夜8時までだそうです。
例年夜には小山郷六斎念仏が毎年奉納されますが、
今年はないようです。
初日の午前中ということで、それなりのお参りの方はおられ、
バスツアーも催行されていたようで、よかったです。
でも、いつもと景色が違います。。。
幡がない。。。(去年の画像)
今年はコロナの関係で、古い札は回収箱に入れてくださいということでした。
六齋念仏もない。。。(去年です。)
今年はないないがあたりまえですね。
やさしいお地蔵様と観音様がいらっしゃいます。
こちらは観音堂
車の点検待ちに旧大宮通をお散歩
北山通で車を点検に出して、時間をつぶすためにうろうろ
上賀茂神社摂社 久我神社の前の道を大宮通と言います。
こちらが新大宮通で商店街になっています。
最近はシャッターが増えていますが、
廃業した店舗跡には、普通の住宅が建ち並ぶようになりました。
電気屋さんも本屋さん、薬局もみんな大型店に行きますものね。
商店街というのは前世紀の遺物になりつつあります。
新大宮に対し、こちらが旧大宮通
古い町並みが続き、学校や寺社、農協はこの通りにあります。
こちらも上賀茂神社摂社 總神社
境内に常駐の神職さんはなく、各町内でお掃除の当番があるみたいです。
菅原家最古学問所跡
ということで、天神さんがお祀りされています。
天穂日命は菅原家のルーツと言われる神様で
北野天満宮にも祀られていますね。
總神社のすぐそばに古民家カフェ 粉屋さん
モーニングをいただきました。
自家製クロワッサンやお菓子もあります。
結構常連さんらしき方がおられたので、店内の画像なし。
古民家の木材って曲がった木が使われていて、
いいなと思いました。
今はみんな製材して、まっすぐですからね。
覚えておいてくださいね。
旧大宮通を南に行くと大徳寺に出ます。
左側が大徳寺の壁、右手が農協です。
まだあるんですよ、農協。。。いや農協ではなくJA?
この大徳寺の南側にあるのが開かずの門 梶井門
大徳寺のできる以前、ここには梶井御所があったことから梶井門
この前の橋が御所の橋
北大路通を渡ってさらに南に行くと
お米屋さんの前にこんな駒札があります。
個人宅なので見られませんが、ここには弁慶の腰掛石があります。
弁慶がその石に座り、牛若丸と出会ったと書かれています。
そしてその一本南の通りにあるのが常盤井
(石に井盤常と書いてあるのが見えるでしょうか。)
蛇口がついているから、まだ水が出るんでしょうか。
常盤というのは牛若丸のおかあさんですね。
牛若町→御所の橋→弁慶の腰掛石→常盤井
牛若丸ゆかりの地がこのあたりたくさんあり、
弁慶と牛若丸が出会ったのは御所の橋
という説を信じたいです。






















