烏丸ママのブログ -415ページ目

熱田神宮

愛知県の神社といえば、まず熱田神宮ですが
一ノ宮ではなく、三ノ宮なんですね!
せっかくだから、一の鳥居を潜ろうとしたら
JR駅から意外と歩きました。
歩いていると、秋葉山がありました。
浜松にある秋葉さんは神社ですが
お寺でした。

一の鳥居を目指します。
みなさん東門から入られていますね。
一の鳥居
一の鳥居のすぐそばにある別宮八剣宮
神剣を作って祀られたことから始まった社です。
深い鎮守の森になっているにもかかわらず
太平洋戦争のおりにはターゲットにされたのですね💦
まわりに軍需工場が多かったようです。
絵だけ見ると、伊勢のようでもあり、
明治神宮のようでもあり、春日大社のような気がしますが、
それぞれ空気感は違います。
橋です。
流れはこんな感じ
ここでも信長さんに会いましたよ。
(家康さん、秀吉さん割愛)
信長公は今川義元との戦いに臨み
熱田神宮で、戦勝祈願をしたそうで
度々造営もされました。
写真の信長塀と思って撮りましたが、
よく見ると、屋根の部分が違います。
本殿というか、本殿の拝殿
お祀りされているのは熱田大神
三種の神器の一つ 草薙の剣を御霊代とされる
天照大神のこと。
まだまだ知らないこと、足りないことはありますが、
清め餅を買って、先を急ぎました。

名古屋城本丸御殿2

名古屋城本丸御殿が再建され
模写の障壁画が公開されているのを見に行きました。
検温、消毒、諸注意ビデオを見て入城
お部屋により、絵や装飾の格がかわります。
虎など動物<花鳥図<人物<山水図
ここは私的な応接の場である対面所です。
二条城なら黒書院か。
ここには風俗図が収められています。
大名が背にする壁貼り付けは京都の景色
1番高いのは愛宕山

上賀茂神社の競べ馬だと思います。
初代尾張藩主の正室春姫は紀州和歌山から嫁いで来られたので、和歌山の風景
左から上賀茂神社、田植え、吉田神社
欄間もすごいですね。
鷺の廊下
鷺の廊下をこえると、上洛殿
三代将軍家光が京都に行く時の宿泊所として
1634年に建てられました。
もっとも家光より後は家茂まで上洛しないのですが。
探幽の上洛殿の襖絵は圧巻
欄間も二条城の欄間を彷彿とさせます。
この青い鳥はサンジャク
中国に住むおめでたい鳥として、
よく描かれます。
釘隠も1番豪華

狩野探幽の帝鑑図
中国の皇帝の政治を絵画化したもの
彫刻は富山県伊波の彫刻
伊波の彫刻を知ったのは、
NHK「鶴瓶の家族に乾杯」で、
V6の三宅くんが紹介してくれたから。
天井にも絵が入る予定です。


雪中梅竹鳥図
狩野探幽の傑作

狩野派の絵を堪能させていただきました!
これ、コロナでなかったらすごい人なんでしょうね。
写真撮ってもよいというのは、旅行者にはありがたいです。

名古屋城本丸御殿1

再建御殿を目当てに名古屋に行きました。
名古屋城本丸御殿は昭和20年の空襲で
天守閣と共に焼失しました。

本丸御殿は段階的に再建され、

2018年に完成しました。
重要文化財の障壁画は焼け残り
それをもとに複製が制作されました。
地図を見ていると収蔵館を建設中のようですので、
ゆくゆくはオリジナルも見せてくれるのでしょう。
建物は国産のヒノキを使い、
伝統的な技術と現代の技術を駆使
総工費いったいいくらかかったのか?
誰が出資したのか、下世話なことですが気になるところです。
 
二条城の二の丸御殿とかぶることから
行きたいと思っていた名古屋城本丸御殿
本丸御殿は初代尾張藩主の住居、政庁として慶長20年(1615年)
徳川家康により建てられました。
二条城より少しあとのことです。
徳川家のお抱え絵師 狩野探幽はじめ狩野派による障壁画
表書院
正式な謁見の場で
まず迎えてくれるのは二条城とおなじ虎
二条城の障壁画も複製ですが、あちらは古色にしてあるそうです。
こちらはホントにきんぴか。
ここで座って待つお武家さんをにらみつけるような虎と
二条城では言うのですが、ここのはもっと家族っぽい虎(と豹)
ジャコウネコのいる二の間
二の間
向こうが上段の間
欄間とか天井も忠実に再現されていて
お部屋の格により変わります。
帳台構え
武者隠しともいいます。
ここから殿はお出ましになるわけですが
警護の侍はこの中で控えています。
房が付いているので、観音開きと思っていたら、
ふつうに引き戸です。
二条城の方に案内していただいて初めて知りました。
(一緒にいた人も結構勘違いしていた。)
再建された方々の本気度が伝わってきて
いっぱい写真撮りましたので、つづく。。。
 
一枚ウン百万円の木曾(尾張徳川の領地産にこだわったらしい)檜の板を使い
忠実に再現される様子がよくわかりました。↓
 

信長さんに会いました。

まず岐阜城で信長さんに会いました。
大徳寺総見院の信長像のうつしだそうです。
信長の葬儀をとりおこなった豊臣秀吉が信長像を2体作らせて、
一体は蓮台野で火葬され
一体は総見院にあります。
ですから、この信長像は実物に近いのでしょう。
ふと気づきましたが、この冠の纓は
天皇だけの立纓ではなかろうか?

さて名古屋城正門(内側)
コスプレのお兄さんが現れた。
「どなたですか?」
とお声掛けすると
「家康じゃ」
っておっしゃいました。
家康にしてはイケメン
次に茶筅頭の人がいたので、
信長さん?
って聞いたら、信長さんでした。
秀吉さんもいました。

名古屋城おもてなし武将隊の登場する時間だったようです。
日により、演舞もあるそうです。

今名古屋城天守閣は耐震の問題で閉鎖中。


櫓は残っています。
西南隅櫓の鯱鉾にカラス
東南隅櫓

名古屋城は昭和20年の空襲で焼失しました。
写真や実測図などたくさん資料があるようで、
天守閣が木造建築で復元されるようです。
本丸御殿の復元といい、名古屋城すごい。



伊奈波神社

台風の被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。
前回の台風が海水をかき混ぜた結果
海水温を下げ、勢力の衰えが早かったらしいです。
不幸中の幸いでした。
しかし、まだまだ警戒しなくたはいけないのは雨。
浜松の防災のお知らせを登録しているので、
今日は何度もアラームなりました。
東海地方はかなり降ったようです。

先月の続きです。
岐阜城のある金華山は岩山で
岩山にはよく神様が降臨する磐座があります。
あーやっぱり神社があったのですね!

伊奈波神社は
斎藤道三が稲葉山(金華山)を居城にした際に
遷座させたそうです。
とてもりっぱな楼門、社殿
少しお寺っぽい建物ですが
お酒が供えてあるので、神社だなとわかります。

横から見た楼門


拝殿、本殿がまだ奥に続きます。
祭神はあまり聞いたことがない五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)
垂仁天皇の皇子です。

境内社がいくつかあります。
楓稲荷神社
黒龍社
雰囲気のあるお社です。
祭神は高龗神
伊奈波神社の神様が遷される前から
祭祀されていたようです。
力がずんずん伝わってきます。