
宮川町に行く
建仁寺の帰り、ほど近い路地にある
ろじうさぎさんでランチ
かなり小さい町家ですが、
中庭があります。
昔の家の建て方ですね。
今なら敷地いっぱいに建物が建つでしょう。
家庭的でお腹に優しい鯖の定食
家で、ろじうさぎさん風に配膳してみた。
去年より体重1キロ、ウエスト1センチ増えていました😭
なるべく和食でがんばろうと思いました。
ろじうさぎさんから東に行くと
えびす神社
建仁寺の守護のために創建されました。
えびす神社の縁起物は福笹が有名ですが、
客商売の店は人気大寄せというこんな縁起物もあります。
傘の下にはかかしのような人形がついています。
大小ありますが、小さいものから
毎年大きいものにしていくそうです。
さて私がいるこの場所は?
東本願寺 御影堂門初公開
東本願寺は京都タワーのすぐ北側にあります。
西本願寺は焼け残りましたが、東本願寺は4回火事に遭い、
堂宇は明治28年の再建になります。
こちらの御影堂門は明治44年の建築です。
この噴水は夜にライトアップされきれいですが、
日本画家竹内栖鳳のデザインを建築家の武田吾一が制作したそうです。
門のパーツを撮ったのもの、全体像を撮り忘れ
上の写真は2020年のもの。
美しい装飾がたくさんあり、とくに獅子はたくさんあります。
ただこの獅子だけが眠っています。
彫刻は鳥よけのネットがあって見えにくいです。
これはおそらく琴高仙人
真ん中の龍は大きいので、よくわかります。
おそらくこれは海馬
我々の脳の中にある海馬の語源となりました。
中は撮影禁止ですが、まわりはいいみたいです。
世界最大級の木造建築 御影堂(ごえいどう)と阿弥陀堂(左)です。
だいたい禅宗寺院の三門は中に宝冠釈迦如来や
羅漢像が並んでいるのですが、
ここは釈迦如来、阿難さん、弥勒菩薩像の三像でした。
浄土真宗で重んじられる経典 仏説無量寿経の中で、
釈迦が阿難尊者に教えを説く場面からとられています。
この三像以外は何もなくて、シンプルでした。
ただ天井にはもともと竹内栖鳳が飛天舞楽図を描く予定だったそうで
下絵も用意されていました。
この明りとり?が室内では影にになってかわいかったです。
パノラマで撮りました。
東山が見えます。
最初で最後の公開かも。。。とおっしゃていました。
まいまい京都のツアーにもありましたけどね。。。
雪組 Sweet Little Rock'n'Rollを観てきました
阪急電車のつり広告が全部 宝塚音楽学校の生徒募集ポスター。
どんだけたくさんの人が受験すんやろう?!
もしかしたら、コロナで広告主がいないのかなと思ったり。。。
阪急電車に乗って、
雪組バウホール公演 Sweet Little Rock'n Rollを観に行きました。
バウホールに通じる階段で、
「バウホールって何ですか?」って聞いている人がいました。
バウホールは定員が500人ほどの小劇場で
そこで上演される公演は若手スターの登竜門となっていることが多いです。
先日雪組の新人公演がよくて、その主要キャストが主演を務めるので
行ってきました。
バウホールは定員が少ないので、プラチナチケットとなっています。
1列目のない4列目というありがたいお席でした。
ここから主演の縣千くんが登場します。
宇治出身の縣くん、縣神社から芸名を取ったんでしょうね。
シェークスピアの「恋のから騒ぎ」を下地に
50年代のアメリカの高校を舞台にした青春ミュージカルです。
転校生ビリーと理想の高いシンディは会えば喧嘩ばかり。
でも実はお似合いなのでは?と、フットボールのコーチ フレディが
二人の仲を取り持つお話。
若手が中心なので、みんなピチピチで底抜けに明るくて
楽しいミュージカルでした。
ビリーの縣千くんが男っぽくて、魅力的。センターが似合います。
ダンスも課題の歌も全然大丈夫だし、フィナーレの燕尾が特に素敵で
相手役の夢白あやちゃんをリフトでグリグリ回していました。
二番手のロバート彩海せらくんも内気な好青年を好演し、
歌ものびやかで上手でした。
その相手役のメアリー音彩唯ちゃん。
端にいてもわかる華のある娘役さんで、
実力もあり、きっとトップ娘役になるでしょう。
ただ見た目には大柄なので、
彩海くんと華純沙那ちゃん
真ノ宮くんと音彩唯ちゃんのカップルがいいかと思いました。
とにかく夢白さん、音彩さん、華純さん美人トリオです。
笑うところはたくさんあるんですが、
とくにベテラン勢の真那春人さん、愛すみれさんが笑わせてくれました。
この公演カーテンコールでアフタトークがあるんです。
座長縣千くん挨拶
「雪組の縣千でございます。
本日は劇場に足をお運びいただき(ここ言い直したのはなぜ?)
ありがとうございました。
エネルギッシュな舞台で、エネルギッシュすぎて
股が裂けたことは忘れてください。
(気づきませんでした。ただすごい開脚ジャンプでした。)
今日のトークは音彩唯さんです。」
「下級生にもお話する機会をいただき、ありがとうございます。
私はアクセサリーについて、お話します。
ロケットをつけているんですけれど、最初は丸いものですが、
ロバートと付き合い始めてからは、ハートのロケットに変わるんです。
私の中ではそのハートにはロバートの写真が入っています。」
(みんながロバートをひやかし、間にいた真那さんが退いて
ロバートがメアリーの隣におしやる。)
「ちなみに丸いロケットには愛犬の写真がある設定です。
イヤリングも最初は地味なもの、後半は派手なものに変えています。
長くしゃべってすみません。」
もう一人はロッキー眞ノ宮るいさん
「私はこの公演ではアドリブを頑張っています。(めっちゃ関西弁です。)
出身地神奈川県と公表しているのですが、実は塚口で育っていて、
普段は関西弁で、親戚もみんな関西です。」
残念ながらこの公演のチケットは完売ですが、
千秋楽に配信があるようです。
コロナになって唯一いいことは、完売していても
配信で見られる作品が増えたということですね。
震災は終わっていない。
1月17日は阪神淡路大震災から27年です。
関西熱視線という番組で、
遺族が紹介されていて、涙なしには見られませんでした。
(記憶をたどって書いているので、詳細は違うかもしれませんのであしからず。)
1人目は7歳で両親を亡くした34歳の男性です。
今は滋賀県の全寮制の学校で働いています。
1階が押しつぶされている写真が自宅だったそうです。
子供たちは2階で寝ていて、1階の両親が亡くなられたのでしょう。
目の前にいるのが両親だと言われてもピンとこなかったそうです。
「どうして自分を置いていってしまったのか。」
その後10歳年上のお兄さんが親代わりで、兄弟3人で暮らしました。
「両親が生きていたら、こんなことにはならなかった」
ずっと、親を恨んで生きてきたそうです。
27年たち、自分も人の親になりました。
親の立場になってみると、
子供を置いて死ななければならなかった両親は
どんなに無念だったろう。
両親を恨んできたことを大変申し訳ないと、
思うようになったそうです。
生徒たちの前で震災体験を話すことになり、
親代わりとなってくれたお兄さんの家を訪ねました。
自分の気持ちを話すと、
お兄さんは驚いていました。
「何も言わなかったから、そんなふうに(両親を恨んでいる)思っていたとは
知らなかった。」
そして、生徒の前で語る日になりました。
「みんなは今は寮生活だけれど、
帰宅すると親がいる。
電話をしても出てくれる。
でも、それって当たり前じゃないのです。
もし今度家に帰ったら家族に感謝してください。」
他には2人の弟を失って、
ずっと周りには一人っ子だと言ってきた男性が紹介されていました。
半分焼けて半分きれいだった弟の顔が忘れられません。
にもかかわらず、自分は一人っ子だと周りに言ってきました。
奥さんにも出会った当初は一人っ子だと告げたそうです。
また年老いた男性は
成人式で帰ってきた息子の体調が悪そうだったので、
もう一日泊まりなさいと引き留めたのです。
あのとき自分が引き留めなければ、息子は死ぬことはなかった。
そんな思いをずっと引きずって生きているんです。
震災の語り部の多くは65歳以上になりました。
そして、震災当時子供だった人たちが語り始めています。
語ることで自分が変わり始めています。
家族を失った人たちは、元には戻らない今を生きています。
前に紹介したルミナリエは震災の記憶を語り継ぐ、
鎮魂と復興の希望を込めて始まりました。
亡くなられた人、家族や友人を失くした人の心が浄化できますように。

























