船橋見学
船に乗ったところ、夏休み子供企画で船橋(ブリッジ=船長が操船、通信をおこなうところ)を見学させてもらいました。
珍しかったので、紹介させていただきます。
「関係者以外立ち入り禁止」といういう扉を開けて、狭い階段を上がっていきました。
そこは展望の良い操船室。お天気がいいので、遠くまで見えすばらしい眺めです。
船長は40歳位の意外と若い方。
3等航海士のお兄さんが説明してくださいました。
船橋には通常3人くらいの人がいるそうです。
1人は望遠鏡で目視しておられました。
すみません。くらくてみえませんね。
左手の人が望遠鏡をのぞいています。
右手の白い背中が船長さん。
船は20ノット(時速40キロ)くらいで走って?います。
このレバーを前にすると、前進。後ろにやると後退。ブレーキがないので、停泊するときは、後退にするそうです。
手が見えるあたりです。「決して触らないよう」と言われました。
見学者のために、望遠鏡のピントを合わせてくださる船長
時々ブイ(浮き)が浮かんでいます。漁師さんの仕掛けだそうで、その間を大きい船がすりぬけていきます。
やはり、航海士も飛行機のパイロットほどでないにしても、視力がよくないといけないそうです。
見えにくいけれどレーダーです。
漁船の位置、進行方向がわかります。
隣にも同様のモニターがあり、周波数が違うようです。
ちょっと意外なものをみつけました。
海上交通の守り神 金毘羅さんがお祭りされていました。
今はテロの関係で、飛行機のコックピットは立ち入り禁止となってしまいましたが、
そのうち船だってそうなるかもしれませんね。
子供たちには貴重な体験でした。
珍しかったので、紹介させていただきます。
「関係者以外立ち入り禁止」といういう扉を開けて、狭い階段を上がっていきました。
そこは展望の良い操船室。お天気がいいので、遠くまで見えすばらしい眺めです。
船長は40歳位の意外と若い方。
3等航海士のお兄さんが説明してくださいました。
船橋には通常3人くらいの人がいるそうです。
1人は望遠鏡で目視しておられました。
すみません。くらくてみえませんね。
左手の人が望遠鏡をのぞいています。
右手の白い背中が船長さん。
船は20ノット(時速40キロ)くらいで走って?います。
このレバーを前にすると、前進。後ろにやると後退。ブレーキがないので、停泊するときは、後退にするそうです。
手が見えるあたりです。「決して触らないよう」と言われました。
見学者のために、望遠鏡のピントを合わせてくださる船長
時々ブイ(浮き)が浮かんでいます。漁師さんの仕掛けだそうで、その間を大きい船がすりぬけていきます。
やはり、航海士も飛行機のパイロットほどでないにしても、視力がよくないといけないそうです。
見えにくいけれどレーダーです。
漁船の位置、進行方向がわかります。
隣にも同様のモニターがあり、周波数が違うようです。
ちょっと意外なものをみつけました。
海上交通の守り神 金毘羅さんがお祭りされていました。
今はテロの関係で、飛行機のコックピットは立ち入り禁止となってしまいましたが、
そのうち船だってそうなるかもしれませんね。
子供たちには貴重な体験でした。
口蹄疫
子供の体調と機嫌はいつも連動していますが、今回はそうでもないようです。
旅行は楽しいけれど、お腹を壊したり、吐き気がしたり
それにしても、九州に来て驚いたのは、口蹄疫の深刻さです。
消毒ポイントがもうけられており、プールに入るとき浸かるみたいに、車はタイヤを消毒槽につけて通ります。
警察車両がいっぱい止まっているなあと思うと、各地から応援に来た機動隊だそうで…
動物とのふれあいはことごとく中止。宮崎市内の動物園は閉園。
牧場の入口はどこも石灰がまかれています。
これで終息することを祈ります。
旅行は楽しいけれど、お腹を壊したり、吐き気がしたり

それにしても、九州に来て驚いたのは、口蹄疫の深刻さです。
消毒ポイントがもうけられており、プールに入るとき浸かるみたいに、車はタイヤを消毒槽につけて通ります。
警察車両がいっぱい止まっているなあと思うと、各地から応援に来た機動隊だそうで…
動物とのふれあいはことごとく中止。宮崎市内の動物園は閉園。
牧場の入口はどこも石灰がまかれています。
これで終息することを祈ります。
京の散歩道 ~御香宮神社
JR桃山駅・近鉄桃山御陵駅から歩いてすぐのところに御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)はあります。
まず目に入るのが、表門(国重文)。
正面4個の蟇股(かえるまた=梁の上におかれる山形の部材)は「二十四孝」という儒教の教えをオブジェ化したものです。(「孟宗」「郭巨」など、祇園祭りの山鉾にも出てきた名前ですね。)
この門は旧伏見城の大手門だったそうです。知らなければ、そのままスルーしてしまいそうです。
貞観4年(862年)境内から香泉が湧き出し、病に効果があったため、御香宮と呼ばれたそうです。
京都市内に名水数々あれど、環境庁の名水100選に選ばれて いるのはここだけと、ペットボトル持参で参りました!
参道の右手に天満宮があり、そちらに井戸がありました。
早速ペットボトルに水を入れようとすると、同行者に
「それってホントに御香水?」と、怪しまれました。
「違うよ。御香水は拝殿の横だよ」と、別の人が教えてくれました。
その天満宮のそばに無造作に積まれた巨石があります。
これはナント伏見城の石なのだそうです。
これまた説明がないと、「工事中でおいてあります」みたいな感じです。
さらに参道を進みますと、手水鉢がありました。これも御香水ではなく、
「御香水ではありません」と、ちゃんと書いてありました。
杓を持ち、手を洗い、口をすすぎます。
そして、拝殿に出ます。
こんなに美しい拝殿 & 本殿は初めてです
ブログ用に参拝したわけでなく、携帯で撮影しただけですので、
その美しさが十分ご紹介できず残念です。
本殿横に御香水はありました。
ペットボトルを持って汲みにこられる方が何人もいらっしゃいます。
私もその中に並んで汲ませていただきました。
まろやかで、すっきりしたのどごしです。
本殿前には両脇に随身(狛犬でなく、人間が両側におられますよね?)がおられます。
1人は武を、もう1人は文をつかさどる守護神なのだそうです。
本殿は1605年徳川家康の命のもと、京都所司代 板倉勝重 によって建てられました。
五間社流造のそれは桃山風に美しくに彩色された本殿で、しっかり葵の御紋もついています。
御祭神は神功皇后(じんぐうこうごう)で、安産の神様です。
祇園祭 船鉾でもお祭りされているこの神様は、仲哀天皇の后で、応神天皇の母です。
仲哀天皇の死後、みごもったまま朝鮮に出兵し、帰国後応神天皇を出産されたということです。
それで安産の神様なんですね。
神功皇后=卑弥呼説もあるようです。
妊婦さんが腹帯をいただいて、お礼参りの際にそのままお宮参りされる方も多いようです。
うちは男3人だったので、お宮参りの際は額に大と書いたのですが、
女の子の場合は小と書くのですね。初めて知りました。
お参りを終えてから、小堀遠州ゆかりの石庭ものぞいてみました。
もともと1623年小堀遠州によって伏見奉行所に作られたこの庭は、団地の建設に伴い、こちらの神社に移設され、1957年中根金作によって作庭されました。右奥に見える手水鉢は1477年製で、戊辰戦争の傷跡も見られます。
意外と知られていない御香宮神社ですが、一見の価値はあります
まず目に入るのが、表門(国重文)。
正面4個の蟇股(かえるまた=梁の上におかれる山形の部材)は「二十四孝」という儒教の教えをオブジェ化したものです。(「孟宗」「郭巨」など、祇園祭りの山鉾にも出てきた名前ですね。)
この門は旧伏見城の大手門だったそうです。知らなければ、そのままスルーしてしまいそうです。
貞観4年(862年)境内から香泉が湧き出し、病に効果があったため、御香宮と呼ばれたそうです。
京都市内に名水数々あれど、環境庁の名水100選に選ばれて いるのはここだけと、ペットボトル持参で参りました!
参道の右手に天満宮があり、そちらに井戸がありました。
早速ペットボトルに水を入れようとすると、同行者に
「それってホントに御香水?」と、怪しまれました。
「違うよ。御香水は拝殿の横だよ」と、別の人が教えてくれました。
その天満宮のそばに無造作に積まれた巨石があります。
これはナント伏見城の石なのだそうです。
これまた説明がないと、「工事中でおいてあります」みたいな感じです。
さらに参道を進みますと、手水鉢がありました。これも御香水ではなく、
「御香水ではありません」と、ちゃんと書いてありました。
杓を持ち、手を洗い、口をすすぎます。
そして、拝殿に出ます。
こんなに美しい拝殿 & 本殿は初めてです

ブログ用に参拝したわけでなく、携帯で撮影しただけですので、
その美しさが十分ご紹介できず残念です。
本殿横に御香水はありました。
ペットボトルを持って汲みにこられる方が何人もいらっしゃいます。
私もその中に並んで汲ませていただきました。
まろやかで、すっきりしたのどごしです。
本殿前には両脇に随身(狛犬でなく、人間が両側におられますよね?)がおられます。
1人は武を、もう1人は文をつかさどる守護神なのだそうです。
本殿は1605年徳川家康の命のもと、京都所司代 板倉勝重 によって建てられました。
五間社流造のそれは桃山風に美しくに彩色された本殿で、しっかり葵の御紋もついています。
御祭神は神功皇后(じんぐうこうごう)で、安産の神様です。
祇園祭 船鉾でもお祭りされているこの神様は、仲哀天皇の后で、応神天皇の母です。
仲哀天皇の死後、みごもったまま朝鮮に出兵し、帰国後応神天皇を出産されたということです。
それで安産の神様なんですね。
神功皇后=卑弥呼説もあるようです。
妊婦さんが腹帯をいただいて、お礼参りの際にそのままお宮参りされる方も多いようです。
うちは男3人だったので、お宮参りの際は額に大と書いたのですが、
女の子の場合は小と書くのですね。初めて知りました。
お参りを終えてから、小堀遠州ゆかりの石庭ものぞいてみました。
もともと1623年小堀遠州によって伏見奉行所に作られたこの庭は、団地の建設に伴い、こちらの神社に移設され、1957年中根金作によって作庭されました。右奥に見える手水鉢は1477年製で、戊辰戦争の傷跡も見られます。
意外と知られていない御香宮神社ですが、一見の価値はあります





