古武道奉納
下鴨神社で昨日 古武道奉納がありました。
居合や抜刀術?
絶対子どもが好きそう!
と、思っていきました。
古武道って、こんなに種類があったの
と思うくらいたくさんありました。
全国からやってこられています。
まず流鏑馬でも披露された小笠原流弓馬術礼法(神奈川県)
おつきの人が木馬をグリグリ回して、
まわった瞬間に的を射ます。
見事的は真っ二つ!
関口流抜刀術(愛知県)
左の人が持っているのは鎌です。
細川家伝統兵法二天一流(福岡)
左の人は刀を持ち替えて、二刀流も披露されていました。
宮本武蔵の流れをくむと解説があったような気がします。
尾張貫流槍術?
あまり長かったので、途中で帰りましたが、
手裏剣術を見ずに帰ったのが心残りです。
結構お年を召した方も、薙刀の女性も、外国人の方もいらっしゃいました。
思ったより面白かったです。
居合や抜刀術?
絶対子どもが好きそう!
と、思っていきました。
古武道って、こんなに種類があったの

と思うくらいたくさんありました。
全国からやってこられています。
まず流鏑馬でも披露された小笠原流弓馬術礼法(神奈川県)
おつきの人が木馬をグリグリ回して、
まわった瞬間に的を射ます。
見事的は真っ二つ!
関口流抜刀術(愛知県)
左の人が持っているのは鎌です。
細川家伝統兵法二天一流(福岡)
左の人は刀を持ち替えて、二刀流も披露されていました。
宮本武蔵の流れをくむと解説があったような気がします。
尾張貫流槍術?
あまり長かったので、途中で帰りましたが、
手裏剣術を見ずに帰ったのが心残りです。
結構お年を召した方も、薙刀の女性も、外国人の方もいらっしゃいました。
思ったより面白かったです。
流鏑馬
昨日アップしたのは双葉葵でした。
賀茂社の神紋になっていますが、
みんみんぜみさんのコメントによると、
下鴨神社と上賀茂神社では微妙に違うそうです。
また後日比べてみたいと思います。
で、葵祭は葵をつけることからそう呼ばれているそうですが、
下鴨神社だけでも以下の行事があります。
昨日はその流鏑馬神事に行ってまいりました。
東日本は大雨だったようですが、こちらは雨もあがっていました。
午後1時から神事が始まり、神事を終えた人たちが出てきました。
整列
知り合いの子供さんがいます。
下鴨神社をベースにするボーイ&ガールスカウトのみなさんのようです。
黒衣を着ておられるのは、近衛の長官でしょうか。
延々と待たされます。
この横に奉仕のママ友がいました。
一等席ですね。
携帯をチェックしてたからメールしてみました。
「まん前の人垣にいるんやけど、なかなか始まらないから帰ろうかな」
「もうすぐ始まるよ!」
と返事。
やっと動きました。
神事が終わってから1時間たっています。
この人は2番手の射手
3人走ります。
扇子をもった人が合図を送ります。
が、走り抜けるのが一瞬
で、こんなんしか撮れませんでした。
やっぱり連写じゃないと駄目ですね~
それにみなさん場所取りのために、何時間も待っておられるようです。
左はしの青いところに3番目の的がありました。
平清盛が流鏑馬が好きだったそうで、
大河の流鏑馬シーンはこちらで撮影されたとのアナウンスがありました。
見ていないけど。。。
この一瞬のために2万人が訪れたそうです。
私としては、上賀茂神社の競馬のほうがおすすめですね。
賀茂社の神紋になっていますが、
みんみんぜみさんのコメントによると、
下鴨神社と上賀茂神社では微妙に違うそうです。
また後日比べてみたいと思います。
で、葵祭は葵をつけることからそう呼ばれているそうですが、
下鴨神社だけでも以下の行事があります。
昨日はその流鏑馬神事に行ってまいりました。
東日本は大雨だったようですが、こちらは雨もあがっていました。
午後1時から神事が始まり、神事を終えた人たちが出てきました。
整列
知り合いの子供さんがいます。
下鴨神社をベースにするボーイ&ガールスカウトのみなさんのようです。
黒衣を着ておられるのは、近衛の長官でしょうか。
延々と待たされます。
この横に奉仕のママ友がいました。
一等席ですね。
携帯をチェックしてたからメールしてみました。
「まん前の人垣にいるんやけど、なかなか始まらないから帰ろうかな」
「もうすぐ始まるよ!」
と返事。
やっと動きました。
神事が終わってから1時間たっています。
この人は2番手の射手
3人走ります。
扇子をもった人が合図を送ります。
が、走り抜けるのが一瞬
で、こんなんしか撮れませんでした。
やっぱり連写じゃないと駄目ですね~
それにみなさん場所取りのために、何時間も待っておられるようです。
左はしの青いところに3番目の的がありました。
平清盛が流鏑馬が好きだったそうで、
大河の流鏑馬シーンはこちらで撮影されたとのアナウンスがありました。
見ていないけど。。。
この一瞬のために2万人が訪れたそうです。
私としては、上賀茂神社の競馬のほうがおすすめですね。
双子兄弟
ジロがGW2回目の帰宅です。
早朝から二人キャンプにでかけました。
とりあえず雨が上がって何より。
ゆうべ二人は一緒に仲良く入浴。
いつもカラスの行水のタロもゆっくり入浴。
楽しそうです。
二人はホントに幼い頃から人見知りで、
ぼーっとしていて、
3年生の担任にこう言われました。
「並びなさいといわれても、どこに並んでいいのかわからない。
でもクラスメイトがタロこっち、ジロこっちと列にひっぱってくれます。」
とくにタロは依存心が強く、ジロに依存してきたように思います。
双子の子供のいるお友達も
主になる子とサブになる子がいると言います。
おもちゃを渡して、必ずいいほうを取る子が主です。
タロがサブで、ジロが主でした。
そして今試練のときを迎えているようです。
いつかは離れなくてはいけないけれど、
タロにはしんどいようです。身体症状も出てきています。
きっと私が神経質のように思われるかもしれませんが、
兄弟は体質や性質が似るので
兄弟でOD(起立性調節障害)や不登校という方は多いです。
一度なると回復するまでに時間がかかります。
弟のSOSを察知してやれなかったので、
タロには同じ道を歩んで欲しくない。
そんな気持ちです。
先日 40歳くらいの双子兄弟をみかけました。
子どもの双子はよく見かけますが、
おじさんの双子は初めてです。
「うちの子もおじさんになっても、つるんで歩くんだろうか」
と、ふと思いました。
早朝から二人キャンプにでかけました。
とりあえず雨が上がって何より。
ゆうべ二人は一緒に仲良く入浴。
いつもカラスの行水のタロもゆっくり入浴。
楽しそうです。
二人はホントに幼い頃から人見知りで、
ぼーっとしていて、
3年生の担任にこう言われました。
「並びなさいといわれても、どこに並んでいいのかわからない。
でもクラスメイトがタロこっち、ジロこっちと列にひっぱってくれます。」
とくにタロは依存心が強く、ジロに依存してきたように思います。
双子の子供のいるお友達も
主になる子とサブになる子がいると言います。
おもちゃを渡して、必ずいいほうを取る子が主です。
タロがサブで、ジロが主でした。
そして今試練のときを迎えているようです。
いつかは離れなくてはいけないけれど、
タロにはしんどいようです。身体症状も出てきています。
きっと私が神経質のように思われるかもしれませんが、
兄弟は体質や性質が似るので
兄弟でOD(起立性調節障害)や不登校という方は多いです。
一度なると回復するまでに時間がかかります。
弟のSOSを察知してやれなかったので、
タロには同じ道を歩んで欲しくない。
そんな気持ちです。
先日 40歳くらいの双子兄弟をみかけました。
子どもの双子はよく見かけますが、
おじさんの双子は初めてです。
「うちの子もおじさんになっても、つるんで歩くんだろうか」
と、ふと思いました。
吉田神社
ラ・トゥールで食事を終えましたが、
友人が講義まで時間があるというので、
吉田神社に行ってみました。
第三高等学校寮歌にも歌われる吉田山にあります。
これまたしゃべっていて本殿とか、鳥居の写真撮り損ねました。
吉田神社はちょっと変わった神社で、
吉田神道の総本社です。
もともと859年貞観元年に 藤原山陰が奈良の春日の神様を
勧請したのが始まりです。
それゆえ本殿は春日造りで、神鹿坐像があります。
その後室町時代に吉田兼倶が
密教はじめさまざまな宗教を取り入れた吉田神道を創設しました。
少し上に行くと大元宮だいげんぐうがあります。
この右手にあるのが幽斎桜です。
戦国武将 細川幽斎(細川忠興の父)が丹後田辺城主だったころ
左遷された公家の知人をなぐさめるため、吉田の桜を
瑠璃寺(舞鶴市)に植えました。
その苗木がこちらに植えたのでそう呼ばれます。
また瑠璃寺のあたりはその桜にちなんで吉田という地名になり、
吉田桜とよばれるのもおもしろいなと思いました。
たまたまこの日はおついたち(1日)で、奥まで参拝できるせいか
参拝者、それも大変熱心な方が多かったです。
重要文化財 大元宮
八角形の建物に入母屋造り
新緑の吉田山
とてもきもちのいいお散歩でした。
しかし、家に帰ると、から元気の長男が心配でたまらない母なのでした。
友人が講義まで時間があるというので、
吉田神社に行ってみました。
第三高等学校寮歌にも歌われる吉田山にあります。
これまたしゃべっていて本殿とか、鳥居の写真撮り損ねました。
吉田神社はちょっと変わった神社で、
吉田神道の総本社です。
もともと859年貞観元年に 藤原山陰が奈良の春日の神様を
勧請したのが始まりです。
それゆえ本殿は春日造りで、神鹿坐像があります。
その後室町時代に吉田兼倶が
密教はじめさまざまな宗教を取り入れた吉田神道を創設しました。
少し上に行くと大元宮だいげんぐうがあります。
この右手にあるのが幽斎桜です。
戦国武将 細川幽斎(細川忠興の父)が丹後田辺城主だったころ
左遷された公家の知人をなぐさめるため、吉田の桜を
瑠璃寺(舞鶴市)に植えました。
その苗木がこちらに植えたのでそう呼ばれます。
また瑠璃寺のあたりはその桜にちなんで吉田という地名になり、
吉田桜とよばれるのもおもしろいなと思いました。
たまたまこの日はおついたち(1日)で、奥まで参拝できるせいか
参拝者、それも大変熱心な方が多かったです。
重要文化財 大元宮
八角形の建物に入母屋造り
新緑の吉田山
とてもきもちのいいお散歩でした。
しかし、家に帰ると、から元気の長男が心配でたまらない母なのでした。






