ひさびさの伏見稲荷
舞阪宿
国道1号というのが、東海道の名残ですが、
旧街道は集落があつまっているせいか、
また別にあります。
その道をリュック背負って歩く人も見かけます。
舞阪町の松並木
この松並木は1604年徳川幕府の命により、街道を整備し、黒松を植えたことに始まる。
国道1号線と旧東海道の交差点
波小僧
(菊蔵さん 風です。。。)
むかし遠州灘で不漁が続いたある日、網に浪小僧がひっかかりました。
「助けてくれたら、天気が変わる日は太鼓を叩いて知らせます」
と、言うので、海に戻してやりました。
以来、天気が荒天になるときは、波の音がするようになりました。
小さい海坊主のようで、水木しげるの浪小僧はこんなにかわいくないです。
さらに西に進みます。
見付け石
ここからが宿場の入り口でしょうか。
ここに番人が立っていたようです。
一里塚と常夜灯を通って
(電灯がくっついているのが笑えますね。)
昨日紹介した脇本陣があります。
本陣はその向かいにあったそうですが、本陣は碑だけしかありません。
そして
雁木がんげの渡し
舞阪には3つの渡し場があり、この北雁木は役人や大名が使ったので、
石畳になっているそうです。
このあたりは新幹線からでもよく目にする光景ではないでしょうか。
まったく浜松に縁がないときも、
浜名湖と赤い鳥居が見えたら、
「東京まであと半分だな」と思ったものでした。
どこで、土地の縁がころがっているのかわかりません。
旧街道は集落があつまっているせいか、
また別にあります。
その道をリュック背負って歩く人も見かけます。
舞阪町の松並木
この松並木は1604年徳川幕府の命により、街道を整備し、黒松を植えたことに始まる。
国道1号線と旧東海道の交差点
波小僧
(菊蔵さん 風です。。。)
むかし遠州灘で不漁が続いたある日、網に浪小僧がひっかかりました。
「助けてくれたら、天気が変わる日は太鼓を叩いて知らせます」
と、言うので、海に戻してやりました。
以来、天気が荒天になるときは、波の音がするようになりました。
小さい海坊主のようで、水木しげるの浪小僧はこんなにかわいくないです。
さらに西に進みます。
見付け石
ここからが宿場の入り口でしょうか。
ここに番人が立っていたようです。
一里塚と常夜灯を通って
(電灯がくっついているのが笑えますね。)
昨日紹介した脇本陣があります。
本陣はその向かいにあったそうですが、本陣は碑だけしかありません。
そして
雁木がんげの渡し
舞阪には3つの渡し場があり、この北雁木は役人や大名が使ったので、
石畳になっているそうです。
このあたりは新幹線からでもよく目にする光景ではないでしょうか。
まったく浜松に縁がないときも、
浜名湖と赤い鳥居が見えたら、
「東京まであと半分だな」と思ったものでした。
どこで、土地の縁がころがっているのかわかりません。
舞阪宿 脇本陣
ためすぎて、すっかりアップするのを忘れていました。
東海道 浜松市西区にある舞阪宿です。
本陣はなくなってしまいましたが、脇本陣は無料で公開されています。
茗荷屋さんという屋号だったらしく、茗荷の紋がついています。
では中に入ってみます。
だいたいつくりは京町家と似通っています。
走り庭があり、炊事場があります。
違うのはトイレやお風呂に上下があることです。
トイレもえらい人のトイレは塗りでした。
ま、再現ですが。。。
一番奥が上段の間です。
お庭もあります。
トイレが家の端っこにつきでるようにあり、
そこから撮っています。
昔のトイレは不浄とされ、離れにあったり、端っこにあったのですね。
小学生のころ、西陣のピアノの先生の家に泊めてもらったら、
トイレが外にあって、とっても面倒でした。
お風呂も外だったのかなあ。
お風呂屋さんに行きました。
もうその家は建て替えられ、お風呂屋さんも廃業されましたけれど。。。
それでも京都はお風呂屋さんがまだたくさんあり、
徒歩15分圏内としたら、5、6軒はあるんじゃないかな。
うちの小学校の先生が運動会の帰りはみんなで風呂屋に行くらしいです。
って、全然話がずれましたけど、
舞阪の脇本陣でした。
東海道 浜松市西区にある舞阪宿です。
本陣はなくなってしまいましたが、脇本陣は無料で公開されています。
茗荷屋さんという屋号だったらしく、茗荷の紋がついています。
では中に入ってみます。
だいたいつくりは京町家と似通っています。
走り庭があり、炊事場があります。
違うのはトイレやお風呂に上下があることです。
トイレもえらい人のトイレは塗りでした。
ま、再現ですが。。。
一番奥が上段の間です。
お庭もあります。
トイレが家の端っこにつきでるようにあり、
そこから撮っています。
昔のトイレは不浄とされ、離れにあったり、端っこにあったのですね。
小学生のころ、西陣のピアノの先生の家に泊めてもらったら、
トイレが外にあって、とっても面倒でした。
お風呂も外だったのかなあ。
お風呂屋さんに行きました。
もうその家は建て替えられ、お風呂屋さんも廃業されましたけれど。。。
それでも京都はお風呂屋さんがまだたくさんあり、
徒歩15分圏内としたら、5、6軒はあるんじゃないかな。
うちの小学校の先生が運動会の帰りはみんなで風呂屋に行くらしいです。
って、全然話がずれましたけど、
舞阪の脇本陣でした。
御所も暑い
まだまだ夏休みの続く次男
久々に御所のうどんを食べさせてやろうと行きました。
小さいときは週末は毎週のように、
無料休憩所のうどんを食べに行きました。
そして、立ち寄った九条池
池の水がすごい色していますね。
昔は疎水から引いた御所水道だったようですが、
今は循環しているのでしょうか。
京都三鳥居のひとつ
厳島神社の破風の鳥居
百日紅がきれいです。
でも、散り初めて池の上に花が浮かんでいます。
カメが甲羅干ししている中に一羽だけ、鴨かな。
本来なら、もっとカメがいるはずですが、
あまりの暑さにカメも上がってくるのがイヤなんでしょう。
いつもこのあたりにいるネコもいなかった。
こっちは帰りに見たアオサギ
相国寺の池です。
今日も35度は越えているでしょう。
それなのに、リビングのエアコンが壊れてしまった。
久々に御所のうどんを食べさせてやろうと行きました。
小さいときは週末は毎週のように、
無料休憩所のうどんを食べに行きました。
そして、立ち寄った九条池
池の水がすごい色していますね。
昔は疎水から引いた御所水道だったようですが、
今は循環しているのでしょうか。
京都三鳥居のひとつ
厳島神社の破風の鳥居
百日紅がきれいです。
でも、散り初めて池の上に花が浮かんでいます。
カメが甲羅干ししている中に一羽だけ、鴨かな。
本来なら、もっとカメがいるはずですが、
あまりの暑さにカメも上がってくるのがイヤなんでしょう。
いつもこのあたりにいるネコもいなかった。
こっちは帰りに見たアオサギ
相国寺の池です。
今日も35度は越えているでしょう。
それなのに、リビングのエアコンが壊れてしまった。
邦人女性の死
ちょと日がたってしまいましたが、
邦人女性が立て続けに2人亡くなりました。
1人は戦争ジャーナリストの山本美香さん。
「死にに行くんじゃない」
と、語っていましたが、死を覚悟しなければいけない場所。
使命感を持って行っていたと思います。
銃撃戦が行われる横で、普通の市民が生活している。
死の直前にレポートした赤ちゃんの映像。
死後もまわり続けていたカメラに
「かわいそうに、手を撃たれているよ」
という声が入っていました。
彼女の命がけのレポートは
市民が死と隣り合わせてに生きている内戦の恐ろしさを教えてくれました。
最初は流れ弾と思われていましたが、
どうも外国人ジャーナリストをねらっていたようです。
イスラム社会は男と女が隔てられているので、
決して男性が入っていけない場所がある。
そんな場所をレポートしてくれた貴重な女性記者の活躍は
海外でも評価され、BBCも二報、三報と、報道しています。
ご冥福をお祈りしいたします。
(BBCは佐藤さんを夫、同僚と紹介していますが、
日本では上司でパートナーとか、曖昧ですね。)
私たちのころは海外にインターンシップに行く人は少なかったけれど、
志の高い今の学生はインターンシップで海外に行く人が増えているようです。
代表的なのがIASTE とAIESEC
IASTEは理系学生の所属する団体で、AIESECは主に文系学生が所属しています。
IAESTEは理系学生ということで派遣先に先進国が多いようですが、
AIESECは発展途上国が多いようです。
被害に遭った女子大生はアイセックに所属されていました。
OBに小泉元首相もおられます。
事件に関して、この団体に非難が集中しています。
殺到する問い合わせにノーコメント。対応の甘さ。
学生が運営の主体を担っているため、ノウハウが蓄積されていないんじゃないか。
そんなふうに私も思います。
見知らぬ外国に、深夜に着く便は男性でも避けるべきです。
もう少しアドバイスしてくれる人がいたら、
彼女も事件に巻き込まれずにすんだはず。
心配していたご家族の気持ちを思うといたたまれません。
この事件をきっかけに、これから安全対策を考えてほしいとおもいます。
ただ、私の友人の子供さんもこれらの団体に所属されて、
とてもいい経験をつんだそうです。
IAESTEから派遣されたのは北欧で、
現地のサポート学生がとてもよくしてくれたそうです。
AIESECから派遣されたのは、アフリカで
子供たちがとてもなついてくれて、楽しかったそうです。
但し、帰国してから伝染病が発病し、大変な目にあったそうですが。。。
「何でアフリカやったん?」
と、尋ねると
「先進国はいつでも行けるし。
学生の時じゃないと、行けないところに行こうと思った。」
と、いうことでした。
うちにこもりがちと思っていた最近の若者もこういう人たちがいると思うと
ちょっと安心しましたが、
平和ボケしている日本人は(私も含めて)、ちょっと気を引き締めなくてはいけません。
長々失礼しました。
邦人女性が立て続けに2人亡くなりました。
1人は戦争ジャーナリストの山本美香さん。
「死にに行くんじゃない」
と、語っていましたが、死を覚悟しなければいけない場所。
使命感を持って行っていたと思います。
銃撃戦が行われる横で、普通の市民が生活している。
死の直前にレポートした赤ちゃんの映像。
死後もまわり続けていたカメラに
「かわいそうに、手を撃たれているよ」
という声が入っていました。
彼女の命がけのレポートは
市民が死と隣り合わせてに生きている内戦の恐ろしさを教えてくれました。
最初は流れ弾と思われていましたが、
どうも外国人ジャーナリストをねらっていたようです。
イスラム社会は男と女が隔てられているので、
決して男性が入っていけない場所がある。
そんな場所をレポートしてくれた貴重な女性記者の活躍は
海外でも評価され、BBCも二報、三報と、報道しています。
ご冥福をお祈りしいたします。
(BBCは佐藤さんを夫、同僚と紹介していますが、
日本では上司でパートナーとか、曖昧ですね。)
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私たちのころは海外にインターンシップに行く人は少なかったけれど、
志の高い今の学生はインターンシップで海外に行く人が増えているようです。
代表的なのがIASTE とAIESEC
IASTEは理系学生の所属する団体で、AIESECは主に文系学生が所属しています。
IAESTEは理系学生ということで派遣先に先進国が多いようですが、
AIESECは発展途上国が多いようです。
被害に遭った女子大生はアイセックに所属されていました。
OBに小泉元首相もおられます。
事件に関して、この団体に非難が集中しています。
殺到する問い合わせにノーコメント。対応の甘さ。
学生が運営の主体を担っているため、ノウハウが蓄積されていないんじゃないか。
そんなふうに私も思います。
見知らぬ外国に、深夜に着く便は男性でも避けるべきです。
もう少しアドバイスしてくれる人がいたら、
彼女も事件に巻き込まれずにすんだはず。
心配していたご家族の気持ちを思うといたたまれません。
この事件をきっかけに、これから安全対策を考えてほしいとおもいます。
ただ、私の友人の子供さんもこれらの団体に所属されて、
とてもいい経験をつんだそうです。
IAESTEから派遣されたのは北欧で、
現地のサポート学生がとてもよくしてくれたそうです。
AIESECから派遣されたのは、アフリカで
子供たちがとてもなついてくれて、楽しかったそうです。
但し、帰国してから伝染病が発病し、大変な目にあったそうですが。。。
「何でアフリカやったん?」
と、尋ねると
「先進国はいつでも行けるし。
学生の時じゃないと、行けないところに行こうと思った。」
と、いうことでした。
うちにこもりがちと思っていた最近の若者もこういう人たちがいると思うと
ちょっと安心しましたが、
平和ボケしている日本人は(私も含めて)、ちょっと気を引き締めなくてはいけません。
長々失礼しました。








