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春日大社を参拝し、この日のメインイベントともいえる
貴賓館に入りました。
重森三玲が初めて作った神社の庭を拝観します。
重森の作庭記によると
「実は今日まで神社の庭園といふものは未た全国にほとんどなく」
だそうです。
大正15年 奈良県技師 岸熊吉 奈良県文化財
普段は結婚式の控室として使われているようですが
皇族がお越しの際の控室として使われます。
荒れ果てていた重森三玲の庭は
現上皇(当時天皇)ご夫妻が行幸の際、整備されました。
重森三玲が作った初めての神道の庭
三方正面七五三磐境いわさかの庭です。
大変進歩的だった当時の宮司が依頼したそうです。
昭和9年作庭
建物がコの字型に配され、
どこからみても正面に見えるように作られています。
白砂が斜めに置かれています。
修復前は苔がたくさん生えていたそうです。
東を見ています。
あれ!?
青石じゃない!
と、いうのが私の第一印象でした。
重森三玲というと、まず青石を思いうかべるのですが、
青石にはまる前の作品です。
これらの石は大徳寺あたりの石屋さんが揃えた石だそうです。
北から南を見ています。
七五三はシメとも読まれますね。
注連縄にちなんで七五三。
中央の5つの石組みは磐座に見立てられ、
四つの石は四柱の祭神。五つの石は摂社の五社をあらわしています。
杉本神社にちなんでスギが、青榊神社にちなんで榊が植えられています。
稲妻型遣水の庭。
先の庭に遅れること数年
昭和12年の作庭です。
この二つの庭の作庭の間には室戸台風があり、
関西は大きな被害を受けました。
庭どころじゃなかったそうです。
貞明皇太后(大正天皇の皇后)御幸の際に作られました。
後ろ姿がチラッと写っておりますが、
この方がこの庭の存在をみつけたそうです。
磐境の庭は作庭記にも載っており、
「シゲモリとかいう人が作ったらしい」
と、言われていましたが、
この庭に至っては
「これって庭なん?」
という認識でしたが、泥をどけたらモルタルが出て来ました。
そう、重森が好んだモルタルです。
これは重森三玲庭園美術館ですが、
このカーブがなんとなく似ていますね。
稲妻型はご祭神の武甕槌(雷)神にちなむようです。
若宮様が水徳の神様で、古くから龍神信仰があることから、
ゆかりのデザインとして使われたと考えられます。
雷は雨をもたらします。
貴賓館内部。
近衛文麿の書。
歴代宮司の写真が掛けてありました。
これは照明を撮ったのでなく、藤の欄間を撮りました。
自分でもあの写真どこいったのかと探してました。
襖の引手
先日参拝した貴船神社には磐境庭がありました。
春日大社がルーツだったんですね。
作庭記には
上代日本の天津磐境の石組みを基本とし、
全部山石を用い、全て立石とする
とあります。
そのまんまですね。




