事件のことをいろいろ思う。
大阪の放火事件も悲惨でした。
事件当日
「人生をやりなおそうと
がんばっていた人たちなのに。。。」
と涙ながらに話していた患者さんの怒りに共感しました。
吉村知事は患者さんの受け入れ先をみつけるように
指示したそうですが、
なかなかそう簡単なものではないと思います。
患者さんと医師の相性は一般診療より
もっと大事で、信頼関係を築くにも時間がかかります。
主治医を失くした患者さんは羅針盤を失った
船のようです。
特に直接被害に遭わなかった患者さんも事件の被害者といえます。
友人の子供さんが信頼していた先生(医師ではなくカウンセラーでした)が
急死され、頼る人がいなくなってしまったと
あの先生でなければならなかった
と、嘆いていたことを思い出します。
亡くなられた精神科の先生も志の高い方でした。
友人が医学部入試の面接で
精神科医になりたいと言ったとき
「たいがいの人はそう言っても、なり(なれ?)ません」
と、言われたそうです。
その後この友人はメンタルクリニックを開業し、
私の相談にものってくれました。
うちの子の主治医の話をしたとき
「その先生はいい先生ですね。
小児科医でありながら、
そういう時間がかかって、面倒な診療をする先生は。。。」
と、言ってくれました。
実際主治医には10年以上にわたり、お世話になりました。
どの医師も大変さはあると思いますが、
精神科医はまた別のしんどさがあると思います。
同じように、心が傷ついた患者の力になっていた被害者の先生も得難い方だったはずです。
犯人が許せない一方で、
京アニの犯人の言葉が忘れられないのです。
命を取り留めた犯人は医療関係者のことを
「こんなに優しくしてもらったのは
生まれて初めてだ」と言ったそうです。
今回の犯人も4人兄弟で1人だけ孤立していて、
家庭もうまくいかなかった。
京王線の犯人も含めて
これらの人が孤独だったことがわかります。
この種の犯罪を防ぐには孤独な人を
生まない社会を作らなければいけないと思いました。
難しいですけどね。
